第二章

第1話 バス釣り

 東岸連合四番隊隊長に指名された大吾だが、まだ頭の中は混乱していた。

 なぜ、自分が指名されたのか。三番隊隊長・磯崎祐が言っていたように、連合の中にも四番隊隊長を目指す者はいたはず。あれほどの集団なら、一人くらい、隊長にふさわしい人物もいるだろう。

 それだけではない。純矢は斎川中の古川を倒す、と言っていたが、古川とは何者なのか。大吾の記憶を辿っても、斎川中の古川は全く存在しない。

 また、前の東岸連合リーダーと思われる、ガイアさんとは何者なのか。生きていればなあ、と言うあたり、今はもう亡くなっているようだが。これも大吾の記憶には存在しない。

 もともと大吾は、不良になんてなるはずもなかった男であり、中学時代の東岸連合のことは、よく知らなくて当然だった。

 結衣を上島から守る、という思い残した過去は達成できたので、もうこれ以上東岸連合にかかわるのはやめた方がいいかもしれない、とすら思っている。

 とはいえ、不良たち全員の前で隊長に指名された手前、いきなり脱退すると言っても納得が得られないと思われ、大吾は少しずつ、東岸連合の実態を探っていくことにした。


* * *


 学校にて。

 昼休み、大吾は新田裕之、月本亮太という友人たちと、ガンダムSEEDの主人公の友人が死ぬシーンを再現していた。当時リアタイで放送されていた作品である。正直、東岸連合のことよりも、オタク仲間と遊んでいたネタの方がよく覚えていて、子供に戻れたようで楽しかった。

 そんな平和な時間を過ごしていた時、校門の方で複数のバイクの音がした。

 嫌な予感がする。


「おい大吾! 純矢さんが来たぞ」


 岡崎拓真が、大吾を呼びに来た。まだ授業がある時間にもかかわらず、大吾は学校の外にいる純矢のところへ向かう。


「よーう、ダイゴロン。釣りしようぜ」


 純矢はとても呑気そうに言った。もう一台のバイクには、壱番隊隊長・森本大輝。純矢のバイクは原付きのスーパーカブだった。


「えっと、僕、釣り竿とか持ってないんだけど」

「使ってねーやつ貸すからいいよ! ルーカスの後ろに乗りな」


 大吾は学校をサボるという背徳感に襲われつつも、東岸連合の内情を探るには、少人数の方が都合がよいと思い、ついて行くことにした。

 釣りとは、当時流行っていた川でのバス釣りのことだ。中心部を流れる斎川にも違法放流されたブラックバスが現れはじめ、中学生も釣りをしていた。

 大吾は、中学時代は釣りをやらなかったが、社会人時代に地方の現場で監督をしていた時、会社の先輩にバス釣りを教えられたので、なんとなくやり方はわかった。

 斎川中央橋という、東岸と西岸をつなぐ最も大きな橋の下に到着し、三人で釣りをはじめた。


「いやっほうー!」


 純矢はノリノリでキャスティングして、激しくルアーを巻いていた。この頃のバス釣りは、スプーンとよばれる金属のシンプルなルアーを適当に巻いていれば、普通に連れた。大吾のいる現代では、バス達が賢くなったのか、もう少し高いルアーを使わないと釣れなくなっている。


「あれ、全然アタリがねーな。今日はだめか?」


 不調な純矢をよそに、大吾はボトム(底のほう)を攻めて、小さなバスを釣った。


「うお! ダイゴロンすげーじゃん! どうやったんだよ?」

「ボトム攻めた方がいいよ」

「ボトムってなんだ?」


 ネットもないこの時代、皆我流で釣りをしていたのだ。現代では標準的になった単語も、純矢には通じない。

 大吾は、自分で実践してみせた。


「ほら。こうやって、ちょっと待ってルアーを底に落として、ゆっくり巻く」

「なるほどな……うおっ!」


 純矢もアタリがあり、大吾よりずっと大きなバスを釣った。アタリがあってから釣り上げるまでのファイトは見事なもので、純矢の運動能力の高さを思わせた。

 こうして二人は釣りを楽しみ、何匹かのブラックバスを釣り上げた。これはこれで、いい青春時代の過ごし方だと、大吾は思った。学校をサボっているのは痛いが。

 ところで、大輝はバス釣りに参加せず、少し離れたところでじっと竿を出していた。


「あれ、壱番隊隊長の森本くんは、バスじゃないの?」

「ああ、あいつはヘラブナ狙ってるらしい。ようわからんけど。ってか、ルーカスって呼んでいいぞ」


 ヘラブナ釣りは、バス釣りと違ってじっと待つ釣りである。中学生がやる釣りではないので、大吾は驚いた。渋い大輝の風貌のおかげで、何となく様にはなっていた。

 夕方になり、三人は近くの自販機でジュースを買い、堤防に寝そべって飲んだ。斎川は川幅が五百メートル以上あり、堤防も高い。


「あー、ダイゴロン。言ってなかったけど、一人で西岸には行くなよ」


 唐突に、純矢がそんなことを言った。


「なんで?」

「お前、東岸連合の隊長だろ。西岸連合の奴らに喧嘩売られたら、めんどくさいだろ」


 西岸連合。

 大吾もなんとなく知っている。東岸連合と同じように、斎川市の西部は西岸連合というチームが存在する。

 しかし大吾の記憶と、純矢の発言のイメージは合わなかった。


「西岸って、東岸と違って不良いないんでしょ? 西岸連合も、今は十人もいないくらいって聞いたけど」

「まあそうなんだけどさ。チーム同士で喧嘩するのは、ちゃんと東連全員で決めてからにするって決めてるんだ。あんまり混乱したら収拾がつかない」


 能天気そうなフリをして、純矢は意外に、戦略的なことを考えられるようだ。


「西岸みたいに平和なほうが、僕はよかったけどなあ」


 釣りをした疲れもあって、大吾はつい、本音を言ってしまった。東岸連合の存在を否定するような言葉だと、言ってから気づき、大吾は少し焦った。


「西岸が平和だって? あそこは地獄絵図みたいなところだぞ」


 純矢がドスの利いた声で言った。その目は対岸にある、西岸の街をじっと見つめていた。


「俺、帰るわ」


 無言の時間がしばらく続いたあと、純矢はそう言い残して、一人帰ってしまった。

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