第9話 四番隊隊長
宮本純矢が、大吾を東岸連合四番隊隊長に指名する、と宣言した瞬間、不良たちの歓声は、不穏などよめきに変わった。
「マジかよ」「いきなり隊長!?」「確かに四番隊隊長は空席だが……」「わけわかんねーやつがいきなり隊長とかねーわ」
どうやらブーイングのようだった。大吾にとっても予想外であり、緊張したまま展開を見守っていた。
「静かにせい! 純矢の前やぞ!」
大輝が一喝して、不良たちの声は収まった。
「いきなり四番隊隊長はないんとちゃうか」
そして不良たちの集団から、一人の男が出てきた。
彫りの深い、ギリシャ人のような顔の男だった。背はそこそこだが、かなり筋肉質な身体をしているようだ。いかにも強そうな男だった。
「あれは三番隊隊長の石田祐さんだ」
岡崎拓真が、大吾に解説する。なるほどこの中では認められた実力者なわけで、発言する権利も十分にあるのだ。
「空席の四番隊隊長を目指して、努力してきたヤツもおる。いきなりこいつを隊長にしたら、皆に説明がつかんぞ」
祐と純矢が、にらみ合いながら会話している。
「石田さんは東岸連合の中でも聞き分けのある方だ。安心しろ。この場を仲裁してくれるはずだ」
「う、うん」
喧嘩が始まるのかと思ったが、拓真に解説され、大吾は納得した。
「まあ、ユウの言う事もわかる。入団していきなり隊長って、前例ないもんな。けど俺たちは、斎川中の古川倒すために、少しでも強い兵隊増やさないかん。ダイゴロンみたいなタッパがあって強い奴は、隊長に適任じゃ。最前線で相手ビビらせられる」
自分が最前線で喧嘩するなんて大吾はまっぴら御免だったが、今更そうは言えなかった。
「四番隊隊長でなくても、瓜谷中の分隊長じゃだめなんか?」
「分隊長はそこのタクに任せる予定なんじゃ。タクは上島の下で、瓜谷中のヤンキー達をまとめてきた。瓜谷中での信頼は厚い。ダイゴロンは、喧嘩強いし、分隊長にはもったいない」
以前の瓜谷中分隊長はあの上島だった。正直、オタクとして生きていた大吾がいきなり瓜谷中の不良たちのリーダーになるのは、ハードルが高すぎると思われた。拓真が瓜谷中分隊長になることは、大吾も賛成だった。
「そうか。しかし、やっぱりいきなり隊長はなあ」
純矢と祐の議論はまとまらず、不良たちがまたあちこちで不平の声をあげ始めた。
「ガイアさんが生きていればなあ」
不良の誰かが、そんなことを言った。
「リーダーの純矢の前で、前のリーダーの話なんぞするな!」
大輝が、その言葉に突然ブチ切れて、その発言をした不良の胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げた。
不良たちの集団に、緊張が走る。
その時、神社の入り口のほうでバイクが着く音が聞こえ、一同はそちらに集中した。
一人の男が、小走りで不良たちの集団に近づいてくる。
「いやー、すまんすまん。PSOしよったら遅れたわ!」
当時、首相だった小泉純一郎を思わせるライオンヘアーのような髪に、飄々とした装いの男だった。大輝や祐と違って、あまり強そうには見えなかった。愛想のいいおっさん、という感じだ。
ちなみにPSOとは、当時ゲームキューブでプレイできたファンタシースターオンラインというゲームのことだ。大輝も知っていた。
「あれは二番隊隊長の磯崎翔太さんだ」
拓真の解説で、皆が注目していた理由がわかった。二番隊隊長ということは、三番隊の磯崎祐より強い、ということになる。
「んー、何やっとんじゃ?」
翔太が、のんきな顔でそう言うので、大輝は持ち上げた不良を降ろしてしまった。
「イソ。こいつが稲垣大吾じゃ。俺はこいつを四番隊隊長に指名するぞ。いいな」
「ふーん。まあええんちゃう?」
純矢に言われた翔太は、特に悩むことなくそう答えた。
「俺とルーカス、それにイソも同意しとる。これで文句ないだろ?」
誰も、純矢に異を唱える者はいなかった。祐だけは呆れたような顔をしていたが、誰も純矢を止められないらしかった。
「よっしゃ! これで東岸連合の伝統ある四番隊まで、全部メンツが揃った! 斎川中の古川、絶対ぶっ潰すぞ!」
純矢が拳を天に掲げると、不良たちは一斉に「おー!」と叫んだ。
* * *
急展開すぎて、大吾は理解力が追いつかなかった。自分が東岸連合の四番隊隊長になってしまった事だけは一応、把握した。大輝のバイクに再び乗せてもらい、瓜谷中へ戻った。
自転車で自宅に戻る。かなり遅い時間の帰宅になった。親がまだ戻っていなかった事が幸いだった。
たくさんの不良に囲まれたプレッシャーから開放されるため、大吾はベランダに出た。
ほどなくして、隣のベランダに結衣が出てきた。どうや大吾が出てきたのを見計らっていたらしい。
「大ちゃん! 聞いたよ! 東岸連合のひとたちに連れて行かれたんだって?」
「う、うん、さっき解放されたよ」
「大丈夫? 喧嘩とかしなかったの?」
「うん……そういうのはなかった。ちょっと話をしてきただけだよ」
不良とは無縁な結衣に、自分が四番隊隊長になったと伝えたらビビらせてしまう可能性もあり、大吾は具体的な話題を避けた。
「あ、あのね、これ」
結衣は、小さなラッピングのついた袋を、大吾に渡した。大吾と話す前から、後ろ手に隠していたものだ。
「この前助けてくれたお礼だよ!」
大吾はその袋を受け取り、中身を見た。茶色い、ふぞろいな形の塊がいくつか入っている。どうやらお菓子らしい。
「クッキー、自分で作ってみたの? こんなんじゃ、お礼にならないかもしれないけど……」
「そ、そんな事ないよ! お礼なんかしなくていいのに!」
結衣は母子家庭で、あまり金銭的に余裕がないことは知っていた。今の結衣にとって、最大限のお礼だということは、大吾にはわかる。
「あ、ありがとう。大事に食べるよ」
「おいしくないから、テキトーに食べていいよ!」
結衣はクッキーの出来が良くなくて恥ずかしいのか、顔を赤くしながら家の中へ戻ってしまった。
大吾はクッキーを大事に抱え、自分の部屋のベッドで転がりながら悶絶した。
密かに思いを寄せていたあの結衣ちゃんから手作りクッキーを貰えるなんて。
タイムリープも、悪い事ばっかりじゃないな。
中学時代の瓜谷に戻ってから、大吾は初めて、そう思ったのだった。
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