第6話 鋼の肉体

 その後、大吾は、パンチ、キック、さらには金属バットでの一撃など、上島の取り巻き二人から激しい攻撃を受けた。

 どの打撃も、たしかに痛かった。特に金属バットの一撃は、耐えきれず腕でガードしたものの、体中に響いた。

 しかし、どの打撃もダウンするほどではなかった。痛みは、食らった瞬間は感じるものの、あとには残らなかった。ちょっとぶつけた程度にしか、感じなかった。


「おいおい……」「効いてねえぞ……」


 取り巻き二人が、異変に気づきはじめる。

 大吾も、おかしいと感じ始めていた。

 そして大吾に、ある記憶が蘇ってくる――


* * *


中学を卒業した大吾は、斎川市を離れ、寮がある男子校に入学した。

地元の因縁から決別し、また女子と関わらなくていい世界を目指して、斎川市からはかなり離れた、他には誰も行かないような遠い高校だった。

そこで大吾は、中学時代と同じようにオタクっぽい生活を送ろうと思っていたのだが。

入学して早々、その高校の相撲部に目をつけられたのだ。

もちろん理由は、大吾の恵まれた体格である。先輩たちから猛烈な勧誘を受けた大吾は、断りきれずに相撲部へ入部してしまった。

スポーツ経験がなくても大丈夫だから。

そう言われて始めた稽古は、ものすごく辛かった。

体格と馬力はよかったが、持久力がなく、痛みにも慣れていない大吾は、毎日稽古中に泣いてしまうほど苦しい生活を良かった。

しかし、先輩も同期も皆、稽古中は厳しくてもその後は優しく、初心者の大吾を励ましてくれた。そのうえ先輩たちは面倒見がよく、知らない街で遊ぶ場所を案内してくれたり、同期たちとは寮で消灯時間までゲームに興じるなどして、仲を深めた。

体格に恵まれていたこともあり、最終的には全国大会でベスト八に入るほどの実力者となり、大学へ行っても相撲を続けたほどだった。

こうして大吾は、暑苦しい男の世界ではあったものの、不良たちの暴力から解放された、良き青春時代を送ったのだ。高校では。

中学時代とは激変したこの時代のおかげで、大吾の肉体は鋼のように鍛えられ、精神的にも大きく成長した。現代で建設現場の現場監督などという辛い仕事をこなせていたのも、この高校時代の経験があったからである。


* * *


中学時代にタイムリープした、と思っていた大吾は、高校時代に得た鋼の肉体が、今の自分に備わっていると思っていなかった。

しかし、実際殴られてみた結果、どうやら身体だけは高校から大学にかけての強靭な状態になっているらしい。

だとすれば。大吾にも勝機はあるはず。

そうは思うのだが、大吾は若干引いている二人の取り巻きを相手に、次の一手を出せずにいた。

鍛えられたものの、もともと気弱な大吾である。『力士の手は刀になる』と言われ、それを力士でない一般人に使うことは禁忌とされていた。もちろん大吾は、その教えを守っていた。

格闘技経験者からすれば、未経験者の技など子供のいたずらのようなもので、二人に打ち勝つことは十分可能だと思うのだが、その勇気がなかなか出なかった。


「何やってんだよ、おめーら」


 もたもたしていたら、上島が前に出てきた。ズボンは履き直していた。


「ほーん。強いんだなおまえ」


 上島は、吹っ飛ばされたにもかかわらず、笑顔で大吾を見ていた。やはり他のヤツとは、少し格が違う。大吾はそう思った。


「うら」


 瞬間、ノーモーションで上島の右フックが繰り出され、大吾の脇腹にヒット。


「ぐあっ!」


 全身に痛みが響きわたり、大吾はよろめいた。


「ま、鍛えても鍛えきれない場所はあるってことよ」


 上島は、大吾のレバー(肝臓)を狙ったのだった。ここは直撃すると、プロボクサーでも耐えられない場所だった。

 強いと言われていたが、やはり多少は格闘技の心得があるのかもしれない。大吾はそう直感した。

 さらにもう一発、ノーモーションからの右フックを食らい、大吾はまた、よろめいた。


「やれ」


 上島の命令で、残りの二人がラッシュをかける。ダウンしている時に来られたので、大吾の鋼の肉体も、悲鳴を上げ始めた。


「俺はこっちをいただくとするか」


 そうして上島は大吾から離れ、まだその場に残っていた結衣の肩をつかんだ。


「ひっ――」


 結衣が肩をすくめる。あの強さなら、上島一人でも結衣の動きを封じるのは簡単だろう。


「やだ、やだ――」


 結衣が身体を振り回して抵抗するも、すぐに上島に両手を捕まれ、壁に押さえつけられる。

 大吾は、その様子を、殴られながら見ていた。

 ここで結衣がやられてしまったら。

 何のために、勇気を出して上島に抵抗したのか。

 何のために、思い出したくなかったこの時代にまでタイムリープしてきたのか。

 意味がなくなるじゃないか。

 そう考えた大吾は――

 この時初めて、怒りの火に己を燃やし。

明確に、『人を無力化する』という意味で、自分の力を使った。


「ふんっ」


 まず、金属バットを持っていた男を、まっすぐ突いて吹っ飛ばした。もともと大吾は、押し相撲が得意である。


「ぐあっ!」


 続いて、素手で向かってきていた男子は、ビビっているところをじりじりと追い詰め、殴りかかってきた瞬間に腕をつかみ、そのまま適当に投げた。


「うおーっ!」


 わずか二手で、大吾は二人の男を下した。

 次は、上島の番である。


「ちっ」


 ただ事ではない雰囲気を察した上島は、結衣を解放し、とてもすばやいステップで大吾の周りを移動し始めた。やはりボクシングの経験でもあるのか、と大吾は思った。

 

「うら!」


 大吾の不意をついて、また右フックレバーを狙っていた。しかし大吾は、それを読んでいて、腕で脇をかためてガード。腕を殴られるくらいなら、大したことではなかった。

 むしろ、殴ることによって生じる隙を、大吾は狙っていた。

 右フックを打つことで、空いた右脇に、大吾は左腕を差し込んだ。

 格闘技には、それぞれ固有の間合いがある。ボクシングは、互いの腕を伸ばして届く程度の距離だが、相撲はほぼ密着する。密着して、相撲より強いスポーツは、他にない。

 大吾は驚いている上島のもう片側の脇にも腕を入れ、もろ差しの形になった。


「おらあーっ!」


 そして上島のベルトをつかんで、持ち上げ、一八〇度回転しながら思いっきり、上島を投げ飛ばした。


「うおーっ!?」


 上島は体育館の壁に強く身体を打ち付け、磔にされたようにべたっと壁につき、そのまま力なく崩れた。


「う、上島さん!」「やべえ、ここは逃げるぞ」


 上島は立ち上がれなかった。二人の取り巻きが、上島を抱えて敗走していった。

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