第5話 上島雅彦

 翌日。

 学校へ行った拓真は、昨日見た上島の凄惨な振る舞いに怯えながらも、だんだん中学生マインドに戻ってきて、古い友人だった月本亮太や新田裕之と、年末に出る新型携帯ゲーム機の噂話で盛り上がっていた。当時まだインターネットが本格普及する前で、誰かがゲーム雑誌などで情報を見つけ、それを共有するのが情報交換の手段だった。もちろん大吾は、この後どんな商品が出てくるのか、一通り知っているのだが、まだゲームに熱中できた頃の思い出が蘇ってきて、オタク仲間との雑談を楽しく過ごした。

 そうして放課後になり、上島たちに見つからないようさっさと帰ろうとした時。

 結衣が、教室に鞄を置いたまま、どこかへ出ていくのを見かけた。

 亮太や裕之と雑談していたところで、そのまま帰ろうとしたが、急に嫌な予感がして、大吾は教室に貼り出されている掃除当番表を見た。

 結衣は、体育館裏の掃除当番だった。


「ゆ、結衣ちゃん!」


 慌てて、大吾は結衣を追いかけた。

 しかし、結衣はすでに体育館裏に到着していた。

 どうやら上島たちはいないらしく、それを確認した結衣は一人で、箒とちりとりを持って体育館裏の奥へ進もうとしていた。


「結衣ちゃん! 待って!」

「あれ、大ちゃん? 今日、当番だっけ?」

「違うけど。ここは危ないよ。掃除はいいから帰ろうよ」

「えー? 今日は怖い人たちいないし、あの吸い殻全部片付けないと先生に怒られちゃうよ!」

「そ、そんなのいいから――」

「だーれが、怖い人たちだって?」


 背後から、しゃがれた男の声が聞こえた。

 上島だった。

 後ろには二人の取り巻きの男子。上島は身長一七〇センチに満たないほどでそう大きくないが、後ろの二人はそれより大きかった。片方は、金属バットを肩にしょっていた。


「ひっ!」「ひっ!」


 大吾と結衣は同時にビビり、体育館裏へと続く道を譲るよう、隅に引っ込んだ。


「おーん?」


 上島が、まるで獲物を狙うヘビのように、大吾を睨んできた。

 大吾は二、三発殴られることを覚悟したが、上島は何もしなかった。

 同じような目で、今度は結衣を睨みはじめた。


「ほーん……こいつけっこう可愛いじゃん。おい、やれ」


 上島が不敵に微笑むと、背後の二人が、結衣の腕を一本ずつ掴んで、身動きを封じた。


「きゃっ! やめてください!」


 結衣は抵抗するが、大男二人の力にはとてもかなわない。


「ちょ、ちょっと、何するんですか!」

「おーん? 童貞君はそこで見てろよ」


 男二人は、あっという間に結衣を壁に押さえつけた。


「おらっ」


 上島は、恐怖で泣き始めた結衣のスカートの中に手を入れ。

 中の短パンとパンツを、一気におろした。

 結衣の、まだ子供のような、はりのある尻が、皆に晒された――


「いやあああっ! やめてえええっ!」

「おー、いいケツしてんじゃんよ」


 上島はスカートをめくり上げ、結衣の尻をじっくり観察していた。

 そして上島は、自分のズボンをおろした。


「ゆ、結衣ちゃん!」


 大吾は、幼なじみが強制的に着衣を奪われたその姿を直視できなかった。


「あ? 文句あんのかお前? うぜーから消えろよ」


 上島は大吾をまた睨んで、さっさと目の前から居なくなるように、手をしっしっ、と振った。


「やだ……やだ……大ちゃん……」


 結衣の壁に押し付けられた顔は、真っ赤になって、目は大吾の方をじっと見つめていた。

 助けて。

 そう言っているに違いないのだが。


「見ない、で……」


 結衣は、大吾にここから去って、と言った。

 上島たちにはかなわない。女として最大の機器に立たされてもなお、上島たちには勝てない、という思いが先行している。

 僕がどうにかしなければ、結衣はこのまま犯されてしまう――

 あれ――

 確か、本当の中学時代も、こんな事があったような――


* * *


 大吾に、中学時代の記憶がフラッシュバックしてきた。

 当時も、今とほぼ同じ展開で、結衣が上島たちにつれて行かれ、それを止めようとした。

 喧嘩なんかしたことのない大吾だが、流石にこんな狼藉は許せなかった。まして相手は、幼なじみで――大吾が密かに好きだった、結衣である。

 はっきりと覚えていないが、大吾は力任せに上島を殴った。

 その一撃はヒットしたが、当然ながらその後、上島たちにさんざん報復された。

 喧嘩の経験がなかった大吾は、されるがままに殴られ、蹴られ、唾を吐かれ、小便をかけられ。最後はタバコの火で体中に焼印を入れられた。

 そうして大吾が気を失うほどに倒れた後、結衣は目の前で犯された。

 この隙に逃げればよかったのに、結衣は大吾のことが気になって、リンチされる様子を見ていたのだ。

 意識が朦朧としていたので、犯される結衣の姿ははっきりと覚えていないが、とにかく大きな声で泣いていたことを覚えている。

 それが耳にずっと残って、大吾はこの後の人生、しばらく女子と話せなくなった。自分は、女子とかかわってはいけない生き物のように思えて、まともに目を見ることすらできなかった。

 その後、大吾は怪我のため一週間ほど学校を休んだ。教師にも親にも心配はされたが、不良による暴力がまだ、なかなか警察沙汰までにならなかった時代である。泣き寝入りするしかなかった。

 結衣は、二度と学校へ来なかった。

 大吾が休んでいた期間、結衣は何度も上島に呼び出され、そのたびに犯されていた。

 その後不登校になり、ほどなくして母親と一緒に引っ越して、斎川市を出た。噂では、妊娠したとの事だった。


* * *


過去の記憶を思い出した大吾は、激しい葛藤に襲われていた。

ここで逃げれば、自分がボコボコにされずに済む。

大吾が徹底的にやられたせいで、他の生徒たちは怯え、上島の狼藉はさらに勢いを増し、その後も何人もの女子が犠牲になった。

今自分が引けば、この後、拓真あたりが上島に反乱し、どうにかして奴らの悪行を押さえられるかもしれない。

しかし――

それでいいのか?

幼なじみをみすみす見捨てるような男でいいのか?

自分の身は守れるかもしれないが、何もしなかったという事実は、また別の負い目を作る。

卑屈な人生になるだけだ――

そう思った大吾は。


「やめろおおおおおおお!!」


 上島を、両手で突き飛ばした。


「うおっ」


 不意打ちなうえ体格差があり過ぎて、喧嘩に強い上島でも耐えられず、一メートルくらい吹っ飛んだ。下半身が裸のままぶっ倒れた上島はみじめなものだった。


「ってめえ! 何やってんだ!」


 結衣を押さえつけていた二人が、大吾に駆け寄る。

 ここからだ。

喧嘩慣れした三人が相手では、大吾ではとてもかなわない――


「おらあっ!」


 一人が、右ストレートで大吾のみぞおちを殴ってきた。


「ぐっ」


 そうだ。この一発で大吾は倒れてしまい、その後はされるがままに――


「――んっ?」


 と思っていたら、大吾自身も予測していなかったことが起こった。

 みぞおちにヒットしたパンチは、たしかに痛かった。

 しかし――

 多少痛いだけ、だった。

 大吾は倒れず、それどころか一歩も、引かなかったのだ!

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