第7話 東岸連合
体育館裏には、勝利した大吾と、ずっと行方を見守っていた結衣が残された。
「ゆ、ゆいちゃん……大丈夫?」
「怖かったよー!」
上島たちから解放された結衣は、堰を切ったように泣き始めた。
大吾の胸にがばっ、と正面から抱きついてきたので、大吾は焦った。女性経験が一切なく、未だに女性と触れることに抵抗があるからだ。しかし、今の結衣は女性というより、怖い目にあった子供のような雰囲気だったので、なんとか緊張せずに済んだ。
大吾が下を向くと、結衣はスカートがめくれあがり、お尻が見えたままだった。
「ゆ、結衣ちゃん! スカート! パンツ!」
「えっ? あっ、うわあっ!」
慌てて結衣はスカートを直し、上島に脱がされて捨てられていたパンツを履き直す。それで少し、結衣は落ち着いた。
「ごめんね、大ちゃん。わたしがもっと、大ちゃんの言うことちゃんと聞いてたら……」
「仕方ないよ。僕がちゃんと、こんなことになるって言ってなかったから」
「大ちゃんは悪くないよう。今日は、本当にありがとう……ねえ、まだ怖いから一緒に帰っていい?」
「う、うん、いいよ」
こうして、大吾は人生で初めて、女子と一緒に下校した。自転車でわずか五分程度の道のりで、上島の仲間たちが復讐しに来ないかキョロキョロと警戒しながらの移動だったので、楽しむ余裕はなかったが。
* * *
結衣が襲われた日は週末で、その週明け、結衣は学校を休むことにした。
まだ上島に襲われたショックが残っているし、短期間で顔を合わせると復讐される恐れもあるから、仕方のない事だと大吾は思った。
大吾はいつもどおり学校へ行ったが、内心かなりビクビクしていた。
ここから先は、大吾の記憶にある中学時代とは、違うシナリオになる。
一度、喧嘩に勝ってぶっ飛ばしたとはいえ、今度はもっと大勢で襲われる可能性もあった。不良の喧嘩は、相撲のようなスポーツと違ってルールがない。どちらかが音を上げるか、死ぬまで攻撃は続く。
土日の間に、大吾は高校時代相撲部で習った四股やテッポウなどの練習を一人で行い、万が一襲われてもいいように身体を暖めた。それから気持ちも、もし上島たちに襲われたら、ためらわず反撃するよう、心を決めた。相撲道で鍛えた腕を不良の喧嘩のために使うのは、まだ気が引ける。ただ、奴らは大事な結衣に手を出した。絶対に超えてはいけない一線であり、結衣を守るためであれば、暴力もやむなしと考えた。
そんな訳で、朝イチから他の生徒の動向にビクビクしながら大吾は授業を受けていたのだが、午前中の授業が全部終わっても、上島たち、というか不良と呼ばれるヤツは大吾の前に現れなかった。
その代わり、校内に少し不穏な噂話が流れていた。
「上島先輩たち、今日学校来てないらしいぞ」
上島たちは授業を受けていないにしても、基本的に学校のどこかにいることが多かった。警察などの目がある外の世界より、学校の方がまだ溜まりやすいからだ。
そんな上島たちが、学校に来ていない。どう考えても、大吾に敗北した事件が関係している。
一方、結衣が襲われたことや、その後大吾が喧嘩で勝ったことは噂になっていなかった。大吾としては、結衣になにかあったという噂が立つのは辛かったので、自分も話さなかった。
そんな訳で、大吾はいつものオタク友達と、WガンダムとVガンダムはどちらが強いか、などというクソしょうもない雑談をしながら過ごしていた。
昼休み、少し気になる噂を聞いた。
「上島先輩たち、東岸連合のリーダーに呼び出されてるらしい」
東岸連合とは、斎川市に古くから存在する中学生不良のチームだ。昔は暴走族だったらしいが、警察の取締が厳しくなって、ただの不良チームと化している。
斎川市は、中心部を南北に斎川という大きな川が流れていて、その東側を東岸、西側を西岸と呼んでいる。東岸にある中学校の不良たちの連合が、東岸連合である。大吾のいる瓜谷中も東岸にあり、上島は東岸連合に顔が効くから、瓜谷中で威張っていられる、という側面もあった。
大吾が知っているのはそれくらいだ。なにせ大吾は、不良チームに自分から入っていくような男ではない。斎川市の中学生は皆、知っていることだった。
東岸連合の内部事情などはわからないので、大吾は定期的に集会でもやっているのか、くらいにしか思っていなかった。
新たなシナリオが大きく動きだしたのは、放課後の事である。
上島たちがいないので大吾はゆっくり帰り支度をしていた。教室から出ようとした時、校門の方からバイクのブオン、ブオンという轟音がした。
一台ではない。何台も、意図的に空ぶかしで音を鳴らしている。
「なんだなんだ?」
月本亮太がまず窓際に出て、大吾も続いた。
大吾は、目を疑った。
『東岸連合』と書かれた特攻服を着た不良たちのバイクが、校門から校内に侵入し、駐車場エリアに何台も停まっていたのだ。
「おいおい……何だよこれ?」
新田裕之も、状況を整理できていない。
まさか、上島の復讐のため、東岸連合のメンバーで自分を襲いに来たのか?
大吾が一人心臓をバクバクさせていた時、
「稲垣! B組の稲垣はいるか!」
岡崎拓真が、廊下を走り回って大吾を探していた。
「お、おう」
大吾が手を上げて、拓真に合図をする。
「すぐ下に来い」
「な、なんで?」
「東岸連合壱番隊隊長の森本さんがお前を迎えに来た」
「えええええっ? な、なんで僕を?」
「俺もわからん。心配するな、俺も一緒に行く。とにかく稲垣が行かないと、あの人たちは帰らなそうだ」
大吾は心底行きたくなかった。せめてWガンダムとVガンダムのどちらが強いか、結論を出してからにしたかった。
しかし、東岸連合の奴らがずっと瓜谷中にいたら、迷惑をかけてしまう。どうしようもないので、大吾は拓真と一緒に、校門へと向かった。
「稲垣を連れてきました!」
拓真が言うと、東岸連合のバイク乗りたちは走り出し、大吾を中心にぐるぐると回りはじめた。大吾は恐怖を覚えた。いくら鍛えた身体でもバイクに跳ねられたら到底勝てない。やはり、自分は不良グループの問題なんかに手を出すべきじゃなかったんだ、と後悔した。
そのうち一台のバイクが大吾の目の前で止まり、それに合わせて周囲のバイクも停まった。
「お前が、稲垣大吾か」
バイクを降りながら、その男――東岸連合壱番隊隊長・森本大輝は、ドスの利いた声でそう言った。
大吾と同じくらいに背がでがく、ガタイもいい。おまけに頭はパンチパーマで、色付きメガネ。とても中学生には見えない。不良を通り越して極道のような男だった。
「そ、そうですけど」
大吾がなんとか声を絞り出すと、大輝は静かに、死刑宣告と思われる言葉を告げる。
「東岸連合のリーダーがお前のことを呼んどる。乗れ」
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