第3話 体育館裏

 その後、大吾は両親と再会し、中学生の少年として一緒に夕食をとった。

 大吾が実は現代からタイムリープしたのだと、気づかれないか心配だったが、もともと家では無口だったこともあり、特に違和感なく過ごせた。

 翌日は、ただの中学生として、学校へ行き、授業を受けた。

 十五年も前の所作をまだ覚えているか、もしかしたら中身は三十のおっさんだと気づかれるのではないか、不安はあった。しかし朝、眠い目をこすりながら自転車で学校に向かい、下駄箱で上履きに履き替え、自分の席に座ったりしているうちに、大体思い出した。

 瓜谷中は一学年あたりの生徒が百人程度で、不良はその中のごく一部。普通に授業を受け、学校生活を過ごしていれば、普通の中学生と同じだった。

 午後、普通の中学生として過ごすことに成功し、少し余裕が出てきた大吾は、昨日結衣が話していたC組の園田里香を見に行った。

 隣の教室にいるので、すぐに様子はわかった。ポニーテールでスカートは短く、周囲には数人の女子が群がって話をしている。いかにも女子のトップにいる、というような子だった。中学時代の、オタクで陰キャラだった大吾とは、全く関係のないタイプだと思った。

 トイレへ行くのか、里香たちが席を立って、大吾のいる教室の入り口から出ていった。あわてて大吾は、その場から一歩引いた。

 ふと大吾は、ある事に気づいた。

 里香が、手の甲を隠すように、押さえながら歩いていたのだ。

 なぜそうするのかはわからなかった。なぜだろう、と大吾が考えていたら、何者かに声をかけられた。


「おい。なんで園田見てるんだ」


 振り向くと、そこには岡崎拓真という男子がいた。

 拓真のことは、大吾も覚えている。瓜谷中二年の不良グループのボスだったからだ。


「ひっ!」


 大吾は拓真に気圧され、思わずビビってしまった。

 拓真は天然パーマの頭にやたらでかい唇、薄目というイケメンとは言い難い男だったが、背が高めなのと、何より友人を気遣う男気があったので、同学年では一目置かれていた。不良とは言うもののサッカー部の主将であり、素行に問題はなかった。

 拓真が不良という位置づけなのは、先輩であり瓜谷中のボスである上島との付き合いがあるからだった。家が近いらしく、上島と拓真が喧嘩をすることはなかった。その縁で二年生の取りまとめを拓真が担っていたのだ。取りまとめ、といっても喧嘩などする訳ではなく、上島に目をつけられない程度に男子たちを監視する程度だった。


「なんか用事かよ?」

「い、いや、なんか園田さんに彼氏できたみたいな噂聞いて、気になって」


 大吾はかなりキョドった様子で答えた。これでは拓真と喧嘩など、勃発しそうにない。


「ああ……東中の先輩だろ。俺も見たことないけど。ちっ」


 拓真はひどくつまらなそうな態度でそう吐き捨て、教室に入っていった。

 こんな態度を取られたら、拓真は里香のことが好きなのだと、大吾には嫌でもわかった。

 事件は、その日の放課後に起こった。

 大吾は、放課後の掃除当番だった。

 場所は、体育館裏。

 普段、上島とその取り巻きがたむろしている場所だ。完全に喫煙所と化しており、上島たちがいなければ吸い殻を回収する。上島たちがいる場合は、近づかないように手前の通路の掃除だけで済ませてしまう。

 大吾と、もう一人女子が当番になっていたのだが、「あそこ怖いから無理!」と言って、さっさと帰ってしまった。体よく押し付けられた訳だが、上島の素行の悪さを考えればしょうがない事だった。

 こうして大吾は、一人で体育館裏に向かった。

 案の定、体育館裏には上島たち一派がいた。タバコの煙が上がるので、近づかなくてもよくわかった。

 大吾は、わざわざ危険なところへ飛び込む必要はない、と手前の通路の掃除にとりかかった。

 やつらと目を合わせたら危険なので、極力下を向きながら掃除に取り組んでいると、ある異変に気づいた。

 いつもなら、男のバカな高笑いくらいしか聞こえないのだが。

 この日は、その中に女子の声が混じっているような気がした。

 よく聞いてみると、それはただの話し声ではなく、悲痛な、泣いているような声に思えた。

 大吾は、おそるおそる体育館裏の奥を、物陰から覗いた。

 ――とても直視できる光景ではなかった。

 数人の男が、女子を無理やり壁に押さえつけ、その中心ではタバコをくわえた上島が、一心に腰を振っていた。

 その女子は――大吾がさきほど見た、園田里香だった。

 どう見ても、里香が望んでそうしているようには見えない。口元を押さえられているから、叫び声もそう遠くまでは届かないようだった。

 上島が、里香を無理やり犯している。

 瞬間、大吾は強烈なめまいと、過去の景色のフラッシュバックを覚えた。

 中学時代も、大吾は里香が襲われているところを見てしまった。

 ここまでは、タイムリープする以前の中学時代と、全く同じような筋書きを辿っている。


「ピーピーうるせーんだよ!」


 行為の終わった上島は、乱暴に里香の手をとり、手の甲にタバコの火を押し付けた。

 そうだ。里香が日中、手の甲を隠していたのはあれのせいだ。

 確かこの頃から、上島は校内の女子をレイプし、手を付けた女にはタバコで焼印を入れる、という非道な行為を始めたのだった。

 男子である大吾は、直接その被害を受けることは、ないのだが――

 この上島の非道な行為がきっかけで、大吾は、大切なものを失ってしまった――

 そういう記憶が、あと一歩のところで出そうになった時、上島たちが引き上げようとしたので、大吾は慌ててその場を離れようと走った。体育館裏の入り口で待っていたら、出ようとする上島たちに気づかれてしまう。

 掃除は終わったことにして、駐輪場の方向へ大吾は走った。

 その時、自分と同じ方向に、並んで走っている男子がいることに気づいた。

 岡崎拓真だった。


「――お前も見たのかよ」


 拓真は怒りに震え、全身を真っ赤に火照らせていた。

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