第一章 タイムリープ~東岸連合

第1話 中学生

 キーン、コーン、カーン、コーン。


 大吾は聞き覚えのある、学校のチャイムの音に気が付いた。

 小学校から高校まで、微妙に音色が違うチャイムだったから覚えている。これは中学のチャイムだ。大吾が中学時代を過ごした、斎川市立瓜谷中学校のチャイム音だった。

 続いて、ガラガラガラッ、という教室の皆が一斉に立ちあがる音を聞いた。

 視界には、学校の教室が写った。

 そして自分は、生徒として椅子に座っている。制服の学ランを着ていた。近くにあった教室入り口の表札を見ると、2-Bと書いてあった。それは大吾が実際、中二だった時のクラスだ。


 あれ?

 僕は、工事現場で、吊り荷の下に入った職人をかばって、死んだはずでは――


 大吾は状況を理解できなかった。自分は死んで、意識は完全に消失したと思っていた。あるいは異世界に転生したかったが、ここはどうやら、ファンタジーの世界ではないらしい。


「おーい、ダイゴロン、帰んないのか?」


 背後から、聞き覚えのある少年の声を聞いた。

 月本亮太。大吾の、中学時代の友人だった。

 大男の大吾とは対称的に、身長は一六〇センチに満たないチビだった。話せば人懐っこく、愛嬌のある男だ。

 なおダイゴロンとは、当時の大吾のあだ名である。大吾の体格が異様にデカかった事で、ニンテンドー64の『ゼルダの伝説』に出てきたゴロン族と掛け合わされた呼び名だ。


「ん、ああ……」


 中学時代と全く変わらない亮太の姿を見て、大吾は「ここはどこだ?」と聞く訳にもいかず、言葉を濁した。


「帰りのホームルームまで寝てるとか、どんだけ遅くまでゲームしてんだよ」


 続いて、少しひねくれたような、これも聞いたことのある少年の声を聞いた。

 新田裕之。背は高いがひょろひょろの細身で、長髪にメガネ。いかにも古典的なオタクという感じの少年だ。実際、かなりのオタクである。特にパソコン全般に詳しかった。

 月本亮太と新田裕之。この二人は、大吾の中学時代の大部分を共に過ごした、当時最も仲の良い友人だった。

 最後は成人式の時に会ったきりで、それ以来は会っていない。月本は地元に就職し、新田は引きこもりになったと、大吾の両親から噂で聞いたが、真偽は不明だった。

 青春時代の一部を過ごした友人たちが突然目の前に現れ、大吾は、


 僕も、昔は友達がいたんだな。


 などと思った。三十を過ぎた大吾は、友人と呼べる存在をほとんど持っていなかった。職場で上司や職人たちと話すことはあっても、それ以上の関係にはならなかったのだ。

 それを思うと、学校にいる、というだけで馬鹿話をしてくれる友人ができた中学時代は、今思えばとても貴重で、恵まれた環境だった。


「はよ帰ろうぜ。上島先輩に見つかったらやべーぞ」

「っ!」


 そんなことをしみじみ思い出していたら、突如として、上島先輩というキーワードが耳に入り、反射的に強烈な悪寒を覚えた。

 瞬間、大吾は自分の中学時代が、とても恵まれた環境などとは言えない、いわゆる暗黒時代であったと、激しいフラッシュバックを覚えた。

 大人になってからは、なるべく考えないようにしていたのだ。中学時代のことは。

 もし自分が中学時代、活発な、いわゆる『リア充』と呼ばれるような人間になれていれば、大人になってつまらない生活を送らなくても、よかったはずなのだ。

 それができなかったのは――

 中学時代の斎川市の、異常ともいえる中学生の荒れっぷりのためだ。


「おーい、二年!」

「やべっ、来た!」


 しゃがれた男の声が廊下に響きわたり、裕之がそれに反応した。


「逃げるぞ!」


 小柄な亮太が、忍者のような仕草でスタスタと教室から出た。大吾も慌てて、亮太に続く。しかし裕之はカバンを持つところでワンテンポ遅れてしまい、ついて来れなかった。


「お前!」

「はっ、はい!」


 逃げる大吾たちの背後で、裕之がつかまった。


「あーあ、上島先輩に捕まっちまったか。かわいそうに」


 亮太が吐き捨てるようにそう言った時、大吾は一度だけ振り返った。

 そこには、大吾の記憶と全く同じ、上島雅彦の姿があった。

 番長、という言葉は平成初期には使われていなかったが、上島雅彦は瓜谷中の不良グループのリーダーだった。中学生なのにリーゼント、四六時中タバコを吸っているためか中年親父のようにしわが寄っている。手には金属バット。どう見ても不良だった。

 

「コーラ、買ってこいよ」

「はいっ!」


 捕まった裕之は、雅彦の取り巻きの一人に指示されると、素直に一礼して、学校の外にある自販機まで走っていった。

 大吾と亮太は、なんとか駐輪場まで逃げ、何事もなかったかのように、新しいゲーム機の発売日の話などをしながら、家へ帰っていった。

 亮太の家は瓜谷中から近いので、途中から大吾一人になる。

 大吾は、これまで思い出さないようにしていた、中学時代の記憶をたどらざるを得なかった。

 当時、瓜谷中では上島雅彦の支配が強く、教師たちでさえ手が付けられなかった。

 構内喫煙は当たり前。シンナーもやっていたらしい。不機嫌になると、上島とその取り巻きが学校の窓ガラスや教師たちの車を金属バットで破壊するので、教師たちは見てみぬふり。下級生がそれに対向できる訳もなく、上島雅彦の支配に怯えていた。

 大吾は、上島には極力関わらないようにしていた。もし捕まったら、先程の裕之のように、大人しくパシリとして従う。そうやって瓜谷中の生活をやり過ごしていた。上島は暴力的で恐ろしかったが、喧嘩で歯向かわなければひどい目には合わなかった。

 捕まったら自分の責任で、亮太も大吾も、裕之を助けようとしなかったように、ここでは自分の身は自分で守らなければならなかった。

 不良たちから逃げ、残りの時間で高校受験の勉強。斎川市は西日本の山間部にある小さな町で、大学へ進学できるような学校はないため、成績の良い生徒は都会の寮がある進学校へ行くことが多かった。大吾はそれを狙って、中学時代はかなり勉強していた。斎川市にいる限り、まともな生活は送れないと思っていたのだ。

 吊り荷の下敷きになって、死んで、異世界転生してチートスキル無双できると思ったら、絶対に思い出したくない中学時代へタイムリープしてしまった。

 大吾はいまだその現実を受け止めきれないまま、田んぼと山しかない田舎道を一人、自転車で進んだ。中学時代の自分と同じように、半泣き顔になりながら。

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