第12話 休日は、秘密のバイト。そう、王子様に知られてはならない

 ——遡ること一年前。


「たくっ……伊織なやつなんで俺から金取るんだよ……」


 高校に進学し、新しい友達もできてきた頃。今日も誰とも遊びに行かず街とぶらっとしていた。


 何故ならお金がないから。

 お金なら小遣いを貰ってるだろって? その小遣いを何故か伊織がよこせと言い始めてきたのだ。最初は1000円。気づけば今回は3000円。残りのお金じゃ1、2回遊びに行けばもうなくなる。


「はぁ……暇」


 家にいても誰もいないのでこうして街をうろついているが、虚しいだけだな。


 やっぱり家に引き返そうとした時、ふとあるおしゃれな雰囲気のカフェが目に止まった。特にバイト募集中の張り紙。


「……そうか、そうだよな。バイトすればいいよな!」


 お金がないなら自分で稼げばいい。

 当たり前すぎて気づかなかった。


  運命的な出会いを感じ、さっそく面接の予約を取り付けたのだった。



◆◇


「シュウちゃ〜ん、三番テーブルにナポリタンとサンドイッチとお願い♪」

「わかりました。三番テーブルですね」

 

 休日のお昼時とあって俺のバイト先であるカフェは大繁盛。息をつく暇もなく動きづけている。


「お待たせいたしました。ナポリタンとサンドイッチです」

「あのっ……もう一つ注文いいですか?」

「はい、構いませんよ」


 カフェエプロンのポケットに入っている注文表を挟んだクリップボートを取り出して注文を受ける態勢を取る。飲み物の注文かな?


「えっと……スマイル貰えますか?」

「スマイルですね」


 スマイルとは無料で提供している笑顔のサービスのこと。

 某ハンバーガーチェーンで子供は誰が行くとか、恥ずかしながらスマイルくださいと言ったものだ。


 というか、俺は何故かこのスマイルの注文を定期的に受ける。


「これでよろしかったでしょうか?」


 笑ってくださいと言われると笑いにくいんだよな。しかし、お客様が注文してくださった以上は全力で答える。


 笑えているか心配になったものの、


「は、はいっ! ありがとうございます!」

「また注文しますっ!」


 反応を見るに、どうやらちゃんと笑えていたようだ。それにしても俺のスマイルに価値なんてあるのか? 


「シュウちゃんみたいな真面目な子がいるとやっぱり助かるわ~。相変わらず丁寧な接客だし〜」


 キッチンに戻ると、料理担当のちょび髭とゴツい身体が特徴的なマスターがクネクネしながら褒めてくれた。相変わらず見た目と口調のギャップが凄い。


「そうですか?」

「そうよ~。もう、無自覚さんなんだからっ」


 と、バシッと背中を叩いてきた。


「イテっ! 普通にしてるだけですけどね」

「わたしが若い頃はこんなしっかりしてなかったよ~。ヤンチャな時期だったわ〜」


 ずけぇ。安易に尊像できる。今ではこんなに穏やかだが、学生時代のマスターの写真をいつか見てみたいものだ。


 お昼時をすぎ客がまばらになってきた。


「あ、シュウちゃん。サンちゃんが夏休みぐらいに復活するって」

「おお、了解です」

 

 サンちゃんとは同じバイト仲間の女の子のこと。まぁ学校も一緒だが、彼女は訳あって今は学校にもバイトにも来ていなかった。


「でもサンちゃんもあれだけ有名で引っ張りだこなのに、うちでバイトし続けるなんて、きっと何が理由があるのかしらね〜。たとえば、何がお目当てがあるとか」


 マスターがやけに俺を見てくる。答えろってことか?


「きっとマスターのまかない目当てですよ」

 

 マスターのめちゃくちゃ美味しい昼飯付きで、そりゃ本業が忙しくたって働きたくなるよな。


「まったく、シュウちゃんは無自覚なんだから」

「え?」

「なんでもないわっ。ほら、今のうちにご飯食べちゃいなさい」

 

 何やら呆れているような……まぁ気のせいだろう。


 今日の昼飯はふわとろオムレツを頼んだ。もちろん絶品であった。


 作業に戻り、気づけばあと5分ぐらいで俺のシフトの時間が終わろうとしていた。


 どこか寄り道していくか……。家に帰ってもやることないし。それに、伊織が帰ってきてたとしても話さないしな。

 

 あの件から伊織は俺に対してよそよそしくなっていた。


『伊織にギャフンと言わせるかぁ……』


 またぼんやりも思い出す。

 俺も伊織に対してよそよそしいか。


「シュウちゃん」

「え、はいっ」


 洗い物をしていると、マスターに話しかけられた。予想してなかったので、ちょっと声が裏返る。


「今日も素晴らしい働きぶりだったけど、時より上の空〜って感じよ。貴方は九空だけど」

「……え」


 マジか。出来るだけ態度に出さないようにしていたんだけどな……。


「まぁちょっとありまして……」

「そう」


 マスターはそれ以上は聞かなかった。きっと俺の気持ちを察したのだろう。けれど、『話したい時にはいつでも相談にのる』そう言われている気もした。


「もう少し自分で考えてみますね」

「シュウちゃんがそう決めたのなら応援するわ」


 カランと鈴が鳴り、お客様が入ってきた。


「俺、今来店された方を案内してから上がりますね」


 キッチンから出て、いざ入口へ向かおう……と。


「っ!?」

「あら、どうしたのシュウちゃん」


 相手がこちらに気づく前に、キッチンへ急いで避難する。


「あ、いや、その……」

「?」


 マスターが不思議そうに見ている。そして今きたお客さんの方もみる。

 

「あら、カッコいい子。でも格好からするに女の子ね。なに、シュウちゃん知り合い? 働いているところを見られるのが恥ずかしいの〜?」


 そのくらいで済めばいいのだが……。


「シュウちゃん?」

「あ、その……実はあの子、俺の妹なんです」

 

 そう、見覚えがありすぎる王子様である。

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