第11話 今のままの王子様は嫌われちゃうよ〜

「はぁー、今日も終わった〜。もう木曜か。明日行けば休みだーーっ」


 放課後を知らせるチャイムとともに、机にうつ伏せになる。

 

 木曜日ってなんか月曜日以上に学校終わったら疲れがどっと溜まった気するんだよなぁ。


「三島くんと帰らなかったの?」


 片柳が不思議そうに聞いてきた。


「拓人ならシフト増やして今日はバイトだってさ。まぁ夏休みまであと1ヶ月半ってところだし、貯蓄は欲しい頃だろ」

「おー、夏休み! いやー、今年の楽しみですなぁ〜。青い海、白い砂浜、燦々と照りつける太陽の元で遊んだり、BBQしたり……」


 随分と楽しそうに妄想するもんだから釣られて俺も想像してしまった。

 

 夏休みはいつだって1番のイベントだよな。

 

「まだ先の話だけど、修吾くんは夏休みはどこに行くの?」

「夏休みかぁ……。んー、去年は友達の家に泊まって散々夜更かししたなぁ」

「楽しそうだね。でも今年もお金は使えない感じ?」

「伊織が取り上げるかもな。まぁバイト代があるし、何回か遊びに行けるのお金くらいはある。さすがに夏にどこにも遊びに行けないのは寂しすぎるからな」


 1ヶ月以上家に篭るとか考えられねぇし。つか、伊織にいい加減お金を少しは返せって言わないと。


「そっかぁ。じゃあその何回かに私との遊びも——」


「ちょ、王子様っ! 王子様がいるっ!」


 クラスの女子が廊下を指さし何やらきゃあきゃあ言っている。片柳の声がかき消された。


「片柳悪い。なんて言った?」

「……ほんと、監視してるってくらいにタイミングいいよね」

「……片柳?」

「ううん。なんでもなーい。お互い今年もいい夏にしようね」

「おうよ」


 夏休みの前にテストあるけど。赤点取ったら補習で学校に来ないと行けないけどな、なんて現実は片柳には今は言わないでおいてやろう。


 歓声も止んだし、そろそろ帰ろうとした時だった。


「待って!うちのクラスに来たよっ!」

「嘘っ!?」


 再び盛り上がった。

 まだ伊織がいるのか。相変わらずのオーバーリアクションに苦笑いをしていると、珍しいことに伊織がうちの教室に入ってきた。


 残っていたクラスメイトはざわつく。

 伊織はひとり。取り巻きの女の子たちの姿はない。


「お兄ちゃんはいるかい? 好感度マイナス15のお兄ちゃん」

 

 指名が入った男子生徒のあだ名。

 俺ですね。俺を指図する言葉に、クラスメイトの視線がこちらを向く。


「いるじゃないか。ちゃんと返事しなよ」

「名前で呼べよ、名前で。九空修吾という立派な名前があるでしょうが」

「今更でしょ」

「お陰様でな」


 後輩からは圧倒的にじゅうご先輩って呼ばれるし、もうこの学校で俺のあだ名を知らない者はいないだろう。……嬉しくないなぁ。


「わざわざ教室に来てなんの用だ。俺、帰るんだけど」

「放課後で用事と言ったらそれしかないよ。今日はお兄ちゃんと一緒に帰ってあげようと思って迎えにきたわけさ」


 そう言って伊織が手を差し出すとまた短い歓声が。どこへ行っても王子様は人気だと感じる。


一緒に帰る、ねぇ……。


「悪いけど、パス」

「え?」


 断られると思っていなかったのか、伊織からそんなとぼけた声が。


 今日は買いたいラノベの発売日なので、本屋に寄りたいのだ。お金を持っていることを知られると面倒なので、ひとりで行くしかない。

 それに伊織と一緒に帰ったとしても特に話すことないし、家で会うしな。


「また家でな」


伊織の横を通り過ぎようとした時、制服の裾を掴まれた。


「お兄ちゃんはボクの言うこと聞かないとダメなの」

「え?」

「お兄ちゃんはボクの……ボクのだもんっ」


 突然の訴え。

 こんな伊織を普段学校で見ないため周りも黙っている。


「お兄ちゃんなんでボクの言うこと聞いてくれないの。昨日だって反抗してきたし」

「いや、俺にもプライベートもいうものがなぁ」

「お兄ちゃんはボクの言う通りにしてくれないと困るの。……じゃないと、じゃないと……」


 一瞬だが、片柳の方に視線がいった気がした。


「おい、伊織。落ち着けって。学校じゃその振る舞いは……」


 キリッとして余裕のある大人びた対応をするのが、学校での伊織だ。でも、今は家の時と同じで少しワガママな態度。


「お兄ちゃん、一緒に帰るよ」

「だからな、俺はひとりで帰りたいんなよ」

「ダメなの。お兄ちゃんはボクの傍に置いとかない……」


 先ほど意味深な発言ばかり。話が微妙に噛み合わない。


 相変わらず伊織は一方的でワガママ——


「くすっ」


 誰かが微に笑ったような気がした。


「お兄ちゃん? 聞いてるの?」

「え、ああ……」

「じゃあいいね。ボクと帰るね?」

「いや、だからっ」

「ふふっ、そんな王子様は嫌われちゃうよ〜」


 片柳が人懐っこい笑みというよりは、クスッと笑いながら挑発めいた発言をする。


 急に会話に入ってきたので、俺だけではなく、伊織まで驚いている様子だった。


「……片柳せつ」

「はぁい。片柳せつでーす♪あだ名は3番目の美少女、せっつーだよ〜」


 伊織の鋭い視線など気にもならないと、片柳がぐいぐい、と。


「学校の王子様と好感度マイナス15の兄……九空兄妹の関係は面白いな〜。でも、どんなに自分が優れていようが、お兄ちゃんを大切に、立たせてあげるのも優しくて立派な王子様だと思わない? ねぇみんな」


 片柳が残ったクラスメイトたちに問いかける。皆、伊織と片柳の顔を交互に見て……。


「ま、まぁ……そのままの王子様のもちろんいいけど、少しは修吾くんにも優しくしてあげても……と」

「修吾くん意外といい人だし、いつまでも好感度マイナスってのはさすがにねぇ」


 驚いた。

 顔をうかがいながらの発言だったとしてもまさか片柳の肩を持つとは。てっきり、崇拝しきっている伊織の方につくかと思っていたが……。


「私もみんなと同じ気持ちかなっ。修吾くんにもう少し優しくなってもいいんじゃない? "何が目的で"そんなにキツく当たってるか知らないけど」


 伊織は、はしばらく黙っていた。そして腕を組んでふん、と鼻を鳴らす。


「……ボク、帰る」

「お、おい伊織……っ」

「まあまあ修吾くん」


 片柳が俺の方に手を置く。

 そのうちに伊織は教室を出た。


「修吾くんも言われっぱなしでいいの? お兄ちゃんだからって優しくする必要ないんだよ」

「優しくする必要ない?」

「そうそう。変なあだ名を広められたり、毎月お小遣いを取られるっていくら兄妹だったとしても常識の範囲を超えてるよ。修吾くんは慣れているかも知れないけど、おかしいことなんだよ?」


 そりゃ俺も感じてるけど……。


「一度ギャンフンと言わせてみれば何かわかるかも知れないよ」

「というと?」

「どうしてあんな風になったとか」


 確かにずっと『好感度マイナス15』って言われるのは気になっていた。


「ふふ、私はいつだって協力するからね♪もちろん修吾くんだからけど」



◆◇


 伊織との無言の夕食後。俺は自分の部屋のベッドで横になって考えていた。


 兄妹だからずっと一緒に育ってきた。

 でも中学から反抗期や思春期なのか、ちょっとづくよそよそしくなり、冷たくなり。

 

 いつか聞きたい、ぼんやりと思いながらもここまで引き伸ばしてきた。


『修吾くんも言われっぱなしでいいの? お兄ちゃんだからって優しくする必要ないんだよ』


「伊織にギャフンと言わせるかぁ……」


 ぼんやりと呟いた頃には、日付はすでに変わっていて、時計は0時過ぎを指していた。





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