第9話 王子様に実は理由があるなんて誰も知らない

「お兄ちゃんのバカっ」


 伊織は、慌ただしく自室に入ると、ベッドに寝転んだ。


 そして瞳を瞑れば、いつだってすぐに思い出す。


『しょうあい、お兄ちゃんのおよめさんになう!』


 修吾と伊織が小学生の頃。

 公園で遊んでいるとふと、伊織が言った。若干、噛みながらも絶対とばかりに修吾の服の袖を握って。


『俺と〜? 俺よりもっといい人いるだろ』

『やだっ。いおり、お兄ちゃんのおよめさんになるっ。けっこんするっ!』

『え〜〜』


 伊織は修吾に抱きつき、にへへと笑顔を浮かべ、修吾はそんな彼女の頭を撫でた。

 2人を両親は優しく見守った。幼い頃特有の出来事として。


『じゃあ俺はもっとカッコいい男にならないとなっ!』

『わたしは何になればいい?』

『それはいおりが自分で決めないことだろ』

『ん……じゃーあ、いおりもカッコいい子になる!』

『いおりは女の子だろ? 女の子はカッコいいじゃなくてカワイイだ』

『お兄ちゃんと一緒がいい! お兄ちゃんとお揃い〜〜!』

『分かった、分かったっ。じゃあ一緒にカッコ良くなろうぜ』


 ……懐かしい思い出。ボクの原点ともいえるだろう。


 今更だろうが、ボクは重度のブラコンである。ただのお兄ちゃん大好きっ子じゃない。幼いころから異性としてお兄ちゃんが好きだ。

 

 お兄ちゃんがいなくなるとすぐ泣き、いつもお兄ちゃんにくっついている甘えん坊な妹。


 でも、その日からボクは少しづつ変わった。


 お兄ちゃんみたいにカッコいい人になりたい。お兄ちゃんにカッコいいと褒めてもらいたい。


 今思えば、なんて単純な理由だったんだろうと微笑ましくなる。


 勉強やスポーツを頑張るようになったのは、先生やクラスメイトに褒められるなんかじゃない。


 お兄ちゃんに頑張ったね、と頭を撫でてて、褒められるため。

 お兄ちゃんがボクだけを見て、ボクのためだけに尽くす瞬間が何よりの幸せだった。


 けど、年を重ねる上で邪魔者が入ってきた。


 ボクしか知らなかったお兄ちゃんの魅力に、いっときだけ惚れた女どもとが群がってきた。


 そんないっときの、生半端な行為で、お兄ちゃんに近づかないで欲しい。

 ボクはどれだけ好きでもお兄ちゃんと結ばれることなんてできないんだから。

 

 しかし、ボクだって何もしないでただ嫉妬していたわけじゃない。


 優れた容姿と、スペックをフルで使い、お兄ちゃんに群がる、近づく女の子たちの視線をこっちに向かせた。


 全てはお兄ちゃんに変な女が近づかないようにするため。


 しかし、気づけば王子様と崇められるようになった。

 気づけば甘え方なんて忘れて上から目線。王子様のように振る舞うことしかできなくなくなっていた。


 そんな自分に焦ったのだろう。『好感度マイナス15の兄』と最後の手段を使いし、妹は王子様。その兄は、好感度マイナス15の兄と強烈なインパクトを周囲に覚えさせた。


 だが……


「片柳せつ、片柳せつ……ボクはお前なんかに負けないもん……。お兄ちゃんは、絶対ボクのモノだもん」


 今、それすらも効かない3番目に、お兄ちゃんを取られると焦りを覚えていた。




◆◇


 翌朝。俺と伊織はいつも通り、お互い時に話すことなく朝ごはんを食べ、


「……した」

「ご馳走様はちゃんと言う」

「……ご馳走様でした」


 俺から目線を逸らしながら伊織は唇を尖らせながらしぶしぶ言う。


「今日はいつにも増して反抗的だな」

「お兄ちゃんが悪いんだよ、ふん」


 いつもはそのまま学校に行くはずなのに、伊織は何故か2階へ上がっていった。


「おい、ちょっ……まだ出ないなら洗い物や戸締まりとか手伝えよ〜〜!」


 なんて俺の言葉は届かないか。


 伊織はスペアキーを持っているし、俺が先に出ても問題ない。

 

 洗い物や戸締まり、身支度を終え、先に出た。一分後ほどで、伊織も後をついてきた。


 まぁ同じ通学路だし、当たり前か。

 


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