第8話 好感度マイナス15の兄、取り合い。

 なんで伊織が片柳の家に……てか、なんで知ってるだ。片柳の家もだし、そこに俺がいるって……。


「お兄ちゃん、さぁ帰るよ」

「ちょっ……」


 伊織が俺の右腕を引っ張ってきた。

 

「いやいや帰れねぇよ」

「なんでっ」


 怒った口調の伊織。何やら苛立っている。

 伊織とは今会ったし、イライラさせるようなことをした覚えがないのが……。


「大体なんでお前がここにいるんだよ」

「それは……」

「もしかして後をついてきたとか?」

「なんでボクがお兄ちゃんなんかの後をついていかないといけないのさ。たまたま……そう、たまたまお兄ちゃんが片柳先輩の家に遊びに行くって小耳にしただけだし」


 それでも片柳の家に着くのは困難じゃね? 


 そう聞こうとした時、伊織の顔がより険しくなった。俺の後ろを見ているようだ。


「王子様……じゃなくて伊織ちゃんだよね? こんにちは」

「……さようなら。お兄ちゃんは返してもらいますから」


 また腕を強引に引っ張ろうとする伊織。力は男の俺の方があるので、なんとか踏ん張る。


「えー、これから修吾くんに勉強教えてもらうと思ったのに〜」

「先輩なら人望あるんですから、わざわざお兄ちゃんじゃなくてもいいですよね」

「おい、伊織。いつもと違って対応が冷たいぞ」


 いつもはこれでもかとイケメンスマイル&紳士対応なのに。


「私は気にしてないよ〜。あと、勉強は修吾くんの方から教えてくれるって言ったよ。ね〜? 修吾くん?」

「あ、ああ……」


 確かに俺の方から提案したな。


 伊織のキツイ視線が俺に向く。


「はぁ? お兄ちゃん何してるの? 普段モテないからってそんなに女の子といたいの? なに? 女の子なら誰でもいいってわけ?」


 相変わらず厳しい。でもいつもと違って余裕がない感じが……。


「ふふ、王子様でもお兄ちゃんのことになると余裕がなくなるんだね。案外子供だ。……これなら3番目の私でも勝てちゃうかも」

「はい? 全然余裕ですよ というか……お兄ちゃんは好感度マイナス15だから不用意に近づかないでください」

「えー、嫌だなぁ」

「……チッ」


 伊織は睨み、片柳はニコニコと笑みを浮かべ、互いに敵意し合っている。


 この2人、お互いの名前は知ってても、わりと初対面だよな……? なんでこんな仲悪いんだ?


「ほら、お兄ちゃん帰るよっ」

「なんでそんなに急かすんだよ。帰るにしても鞄が……」


 リビングに置いてきたままだし、教材はテーブルに広げたまま。


「それなら問題ないよ。ほら、先輩をよく見てよ」

「え」


 片柳を見る。視線は肩の方へ。俺のバックを肩にかけていた。

 

「チャイムの音が時に察したからねぇ。今回は特別に返してあげるよ」

「なんです? 勝者気取りですか?」

「そんなのじゃないよ〜。ただ、今回だけはまだ様子見しようかなーと」


 2人はまたお互いを睨み合った。

 

 さっきから話している内容が分からないのだが……?


「ふ、ふんっ。お兄ちゃん今度こそ帰るよ」

「え、あ……片柳、勉強大丈夫なのかっ!」

「うん。伊織ちゃんも言ってた通り、友達は多い方だし、他の子に頼むよ。またね、修吾くん」

「す、すまんっ! おい伊織そんな引っ張るなよ……っ」

「チッ……お兄ちゃんに変な虫が……変な虫ってが……」

 

 伊織が何やらブツブツ言って怖い。

 ふと、後ろを見ると片柳が笑顔で手を振っていた。

 場を和ませるよな眩しい笑顔。しかし、この時はその笑みとは……何か違った感じがした。





「はぁ、残念残念〜」


 修吾と伊織が帰った後、せつはひとりリビングに戻り、テーブルに置かれたコップを見る。


 青色とピンクと黄色のコップ。

 青色のコップは、修吾の使っていたモノ。


 せつは、ポケットから例の小瓶を取り出した。それを青色のコップの方へ一滴落とす。

 そして……グッと飲んだ。

 数秒後。効果が現れたようだ。


「はぁ……♡」


 蕩けた声。頬を赤く染め、瞳をうるうる潤ませている。唐突に風邪をひいた……という可能性はない。


 明らかに発情している——によって。


「本当にムラムラするんだぁ……あはぁ、身体あつーい。媚薬ってすごーい♪」


 媚薬。

 せつが修吾を襲うためだったのか。それとも修吾に飲ませて性欲のままに襲わせたのか……その答えは、


「ふふ、修吾くぅん。またおうちに遊そびに来てね。その時は……友達じゃできないことをしてあげるから」


 彼女にしか分からない。




◆◇


「お兄ちゃん一体どういうつもり」


 片柳の家から帰ってくるなり、俺は伊織に壁ドンされていた。背中は壁なので逃げ場がない。


「……どうしてあの女のところにいたの」

「そりゃ、伊織の言った通り、遊びに行ったからだろう」

「そんな事聞いてない。なんで遊びに行ったの? お兄ちゃんは女の子に遊びに誘われたら家でも行くの?」


 顔が近づく。鼻と鼻が触れそうな距離。整った顔だな、と余裕をつくままなく、どんどん迫られる。


「お兄ちゃんはこれ以上女の子に関わらないで。ボクの仕事増やさないでよ」

「なんで俺が女子と関わったら伊織が困るんだよ」

「お兄ちゃんは何も知らなくていいの。好感度マイナス15の兄として大人しくしてて」

「……はぁ?」


 さっきから意味がわからない。

 伊織の言いたいことばかり。俺の意見など聞かず一通行。まぁ、いつもだけど……。


 呆れる俺を気にすることなく、伊織は続ける。


「特にあの女はダメ。片柳せつはダメ。あの女はお兄ちゃんの害だよ」


 俺のことならまだしも、今度は片柳のことまで。友達のことは………


「今度、片柳せつに近づかないでっ。いいね、お兄ちゃん? お兄ちゃんってば聞いて……え」


 俺は壁ドンしている伊織の腕を握った。そこまま伊織を腰を掴み、グッとこちらから身体を寄せて、


「俺のことが嫌いなのか知らないが、友達のことを悪く言うなっ」


 言ってハッした。

 身体を離す。


「あ、ごめん伊織……」


 ——強く言いすぎた。


 そういう前に伊織は声を荒らげ、


「分かってるよ……ボクはお兄ちゃんの妹の限り、勝ち目がないなんて分かってるだからっ!」

「あ? 勝ち目ってなんだよ?」


 勉強もスポーツも容姿も……悔しいけど俺は伊織に何一つ勝てることありませんけどぉぉ〜〜??


「ふんっ!」


 最後にわざとらしく鼻を鳴らして伊織が勢い良く扉を閉める。直後、階段をドタドタ駆け上がっていく足音がした。


「一体なんだよ……」


 俺はソファにどさっと座る。


「たくっ、伊織も片柳も今日はなんだか変だったなぁ……」





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