第7話 いつだってきっかけは些細。愛は重め

(せつside)


 恋なんてしないと思っていた。

 一目惚れってものは架空のもの。  

 それ以前に私は、今の立ち位置で満足していたのかもしれない。


 私は明るくて、結構気さくな性格。誰とでも仲良くなれると自負している。男の子も女の子も仲がいい子がいる。1人で行動することなんてなかった。

 学校生活は充実している。

 私が何かポンコツなことをすれば、みんなが笑ってくれる。それを見て私も笑う。

 いつだって私は、誰かを楽しませる側。

 明るく、笑顔で、ニコニコで、ドジやポンコツをしたりする女の子……みんな求めるのはそんな片柳せつ。


 でも、私だって誰かに楽しませてもらいたい。私からではなく、向こうから。私のことを心の底から笑わせて欲しい。夢中にして欲しい。


 一度ついた印象は根強い。誰も私を深くまで知ろうとしてこない。


 だから今日も私は、みんなの片柳せつを演じる。


 演じる……? なんで私が演じないないといけないの。


 そんな何か違和感が生まれた日々を送っていた時だった。



(あっ、消しゴムがない……)

 

 二年の頃の中間テスト。その試験中、私は消しゴムがないことに気づいた。

 消ゴムを取りに行きたいが、試験は始まっている。先生はパソコンを打ってるし……。


(あれ? こういう時って先生に借りれたっけ? で、でも間違いなければいいよね……)


 再びシャーペンを握る。しかし、こういう時に限って……。


「あっ」


 小さく声を漏らす。 

 書きたい答えを間違えた。誤魔化すにも無理がある。


(どうしようよ、どうしよう……)


 私の使ってるシャーペンは消しゴムないタイプだし……。


 他のところを先に解けばよかったものの、その時の私はテンパっていて頭が回らなかった。


 そのまま硬直していると、


 コロコロ


 隣の席の消ゴムが落ち、私の足元へ。

 隣の席は男の子。確か名前は、九空修吾くん。

 見た目は……極端に格好良くも無ければ悪くも無い。良くも悪くも普通な見た目の男の子だ。妹さんが学校の王子様と呼ばれているんだっけ?


 チラッと九空くんを見る。消しゴムを落としたことに気づいなようで手を挙げた。

 先生が気づきこちらへ。消しゴムを拾うと九空くんの前に差し出した。


「君のかい?」

「いえ」


(い、いえ? え、君のでしょ! 君が落としたんじゃん!!)


 心の中で思わずツッコむ。

 何故自分の消しゴムを違うというのか……不思議だったが理由はすぐにわかった。


「じゃあ君のかい」

「え、あ、私の……」


 私のじゃなくて九空くんの……。

 

 そう思いながら横目で九空くんを見ると、コクリと頷いた。まるで使ってくれとばかり。


(も、もしかして私に貸すためにわざと……)


 テスト中はもちろん文房具の貸し借りは禁止。それでも私に消しゴムを貸してくれようと……


「あ、私のです。ありがとうございます……」


 先生は元の位置に戻った。

 そして九空くんの机の上には、消しゴムがもう一個乗っていた。


 ふと、九空くんを見ると、グッと親指を立てた。それから彼は、またテスト用紙に目を移す。

 

 そう、こんな些細なきっかけ。

 それからだ。修吾くんと仲良くなったのは。


 彼はと違って、とても楽しい人だった。

 私のポンコツを楽しむのではなく、私のことも一緒に楽しませてくれる。


 この人のことをもっと深く知りたい。

 私のことも深く知って欲しい。


 妹さん……いえ、王子様が『好感度マイナス15の兄』なんてことを広めていたのか……もう分かっている。


「そうだよね。取られたくないよね。修吾くんカッコいいもん。そう、誰にも」

 

 私は引き出しの中を開け、小瓶を取り出す。


 ずっとずっと、いつか使おうと思って買っといた。

 

「そっかぁ。じゃあ私が奪っちゃおっかな」



◆◇


「よし、俺も教材出し終わったぞ」


 今回の小テストと教科書。片柳に教えることを決めとかないと……。


 そんな時だった。


 ピンポーンとチャイム音が鳴る。

 

「ん? 宅配かな?」


 宅配だったら俺が出ていいのか?


 ピンポンピンポンピンポーン!


 考える暇も与えないとばかりのチャイムの連打。止まることなく、チャイムオンの間隔は狭まるばかり。


「すげーチャイムの連打だな……三島が忘れ物でもしたのか?」


 駆け足で玄関を向かう。そして扉を開けた。


「はいはい、今出たから……って」


 目の前にいたのは三島ではなく……予想外の人物。


「やぁ、お兄ちゃん」

「い、伊織……」


 ニッコリと張り付いた笑顔をした伊織だった。



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