第2話 王子様と好感度マイナス15の兄

 遅れて学校に着いたものの、伊織はまだ校門を少し進んだところいた。正確には、女子生徒に囲まれて身動きが取れないといった状態だ。

 

 これもまた、見慣れた光景。


 黄色い歓声をあげる女子生徒たちに爽やかに対応する姿は、まるであらゆる国の姫をたぶらかす王子様のようだ。


 さらに。


「顔ちっちゃい! 良すぎ! はぁぁぁぁ〜〜! 王子様カッコイイぃ〜」

「ほんとほんと〜! 同じ女の子とは思えない〜」


 周りの視線をも集めてしまう。

 

 キリリとした顔立ちに、どこか大人びている立ち振る舞い。成績も運動もできてしまい、男子はその完璧さに気後れしてしまう。 

 が、体育の授業。王子様がより輝く瞬間は、その場の生徒全員の視線を独占している。


 俺の妹は学校ではまさに高嶺の的だ。


「ねぇ、あれって……」

「ええ……」


 すると、俺の存在に気づいた生徒たちが視線を送ってきた。


「じゅうご先輩よ……あの好感度マイナス15の」

「あの優しい伊織様に好感度マイナスと言われているお兄さん……」


 じゅうご先輩……俺の名前の修吾を混じったあだ名だな。


「でもなんでそんなに好感度低いんだろうね。別に普通の人だと思うけど」

「ねー。どれも普通なのに」


 普通も結構傷つくなぁ!! 確かに事実だけど! 何も特化したものはないけれども!!


 ふと、伊織と目が合った。


「……ふっ」


 笑われた。なんか鼻で笑われた。


「チクショーーー!!」


 俺は猛ダッシュで玄関に向かう。


 どうせ俺は好感度マイナスで、普通のじゅうご先輩だよ、バーカ!!

 毎度のことだが、兄妹差を思い知らされるな。



 

 

「………」

「伊織様? 遠くを見つめられてどうされましたか?」

「ああ、なんでもないよ」


 兄である修吾の背中を何やら見つめていた伊織は、女の子たちに視線を戻し、そう振る舞う。


「それにしても伊織様もあんなお兄さんを持たれて大変ですね」

「ほんとほんと〜。やっさしー伊織様ざそこまで嫌うなんてぇ。あの男、相当ヤバい奴なんでしょーね」


 すると、派手なメイクにキツイ香水の匂いの女2人が、媚びるような口調で、目立とうとばかりに切り出した。

  

「伊織様が完璧すぎてもはやお兄さん……15先輩はゴミにしか見えませーん!」

「そうそう。九空家のゴミ〜。伊織様もゴミと過ごされてるなんて可哀想ですね〜」


 伊織が修吾を毛嫌いしていると思っている女たちは容赦ない言い方をする。汚く笑う。

 

 瞬間、伊織の顔から微笑みが消えた。

 

「……お兄ちゃんを貶すな」

  

 どす黒い決意をこめた視線。圧をかけるような声色。普段の彼女からは決して出ない雰囲気。

 

「それに好感度がマイナス15って言ってるだけでボクが一言も——」


 そこまで言って伊織がハッとする。


 さすがの彼女たちも異変に気づいたようで、伊織の顔を伺うように黙って見つめていた。

 

「なんでもないよ。ごめんね。それと、ボクのお兄ちゃんは好感度マイナス15だがら不用意に近づかないでね?」


 毎度言われる言葉。

 そのも知らず、女の子たちは純粋にはい、と頷く。


 伊織は1人で教室へ向かう。

 その際、誰にも聞き取れないほどの小さな声で呟く。


「お兄ちゃん……早くボクに堕ちればいいのに」




◇◆


「じゅうごも大変だなー」

「俺の名前は修吾しゅうごだぞー」

「ハッハッハッ。今さらお前の本名知ってる奴の方が少ないんじゃね」

「笑い事じゃねーよ」


 この前、教科担任にまで、「じゅう——んんっ、修吾くん」と間違えかけられたしな。


 友達もとい、悪友の三島拓人がケラケラとさぞかし面白いとばかりに笑う。

 

「まぁ、今じゃ慣れたし別に……気にしてないって言ったら嘘になるけど気にしてない」

「めっちゃ気にしてるじゃねーか。まぁ任せとけよ、親友。あまり言い過ぎる奴にはしっかりと俺が注意してやるからさ」

「拓人……」

「そのかわり、今度可愛い子紹介してくれよ」

「それ言わなきゃ少しはときめいたんだけどなぁー」


 まぁ拓人はこの調子じゃなきゃな。


「あー、てか今日のカラオケ行くお金無くなったわ。わりぃ」

「また金欠かよ」

「金欠というか……伊織に小遣い足りないから俺の取られた」

「まぁしゃーないな。妹様は女の子たちに引っ張りだこでお金は必要だと思うし」

「チェ、伊織の肩を持つのかよー」

「でも先月も確か妹様にお金取られて金欠だったよな。そんなに頻繁にお金が必要なのか、とは思った」

「確かに」


 思い返せば、誰かと遊びに行こうって時に限って、お金ないとか言ってくるよな。


 今日行くはずだったカラオケだって、前日に……


『伊織。俺、明日友達とカラオケに行って遅くなるかもだからお腹空いたら先に食べていいからな』

『……』

『聞いてんのか。お兄ちゃん晩飯作れないかもだからな!』


 あの時は無反応だっだが、あれは事前に俺からお金を取るつもりでいて、カラオケに行けないと踏んで黙っていたのか? さすがに考えすぎか。


「んじゃ修吾とカラオケは来月に持ち越しかぁー」

「いや、明日延期してくれればいけるぞ。なんたって明日は給料日だからな」


 実は伊織に内緒でバイトをしているのだ。アイツは生徒会に所属してあるため、週に3日は遅く帰る。それに合わせて、シフトも組んである。


「楽しみにしていた片柳にも言わないとなー」

「だな。そーいや修吾ってさ」

「ん?」

「お前、片柳と仲いいよな」

 

 いきなり話題が変わり、面食らいながらも、ちらっと右隣——話題に上がった片柳の席を見る。


「多分悪くはないと思う……ぞ?」

「悪くないどころがめっちゃ仲いいだろ。だって2人っきりで遊んだこともあるだろ」

「友達だからな。あれ? 拓人はないのか?」

「そりゃお前、俺が入る隙など……」

「?」

「なんでもねぇよ! とにかく、あの片柳と2人っきりで遊ぶなんて友達の枠を越えたといってもいいだろう!」

「なんだその基準」

 

 片柳は学校で3番目に可愛いと言われている美少女。

 ちなみに1番は伊織。アイツら校内のイケメンランキングも美少女ランキングも制している。


 片柳は確かに可愛い。性格もいいし、そんな彼女と仲良くなりたいという男子は大勢いるだろう。


 俺はというと、遠くから見てないで普通に話しかけたら仲良くなれた。つまりはたまたま。


 片柳とは比較的一緒にいる方だが、向こうからすれば数多くいる友人の1人くらいの扱いだろう。


「私の名前が聞こえたけどなーに話してるの!!」

「ぐふっ!?」


 バシ! と俺の背中を叩いて横から登場してきたのは、片柳本人。


「おっはよー修吾くん、三島くん!」


 片柳は悪びる事なく、にぱーと人懐っこい笑顔を見せた。



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