第14話 霊能者の真似事

 霊にも種類がある。生霊や背後霊など様々な種類があるが、死んだときの土地に縛られたまま動けず、記憶が更新されない霊もいる。記憶障害のように、心臓が止まったときの状況で、いつまでもうろうろと同じ処を彷徨う。

「ガンたれやがって、ケンカ売るつもりかよ? 相手になンぞ、こら」

 そのことばとは裏腹に、神原浄は学生服の少年に怖れを感じなかった。むしろ、あまりにも馴れ馴れしいので、笑ってしまいそうだ。

「そんな気はない。聞きたいことがあるだけだ。今朝はやく、ここを女の子が通らなかったかな。片足の無い女の子だ。名前は、えーと……及川好美だ。人形を抱えてる」

 神原は、世間話でもするように霊に話しかけている自分をおかしく思った。

 少年も大人から会話を持ちかけられて戸惑っている様子だ。

「ちっ。調子狂うな。オッサンのガキかよ?」

「違う」

「ロリコンか」

「そんなんじゃない。見なかったか?」

「知らねえ。片足が無いだって?……からかってんのか。オレ様、そんなの見たことねぇ。それより、カネくれよ」

 ダメだと改めて伝えると、少年はわざとらしく舌打ちした。

 胸に名前のついたプレートが残っていた。

 掛川ユズルとあった。

「ユズル……あのな」

「馴れ馴れしく、オレ様の名前を呼ぶんじゃねえ」

「おまえ、いつからここにいるんだ?」

「オッサンの知ったことか」

 ユズルはずいぶん昔から、同じことを繰り返してきたようだ。霊感ある者に駄賃か煙草かシンナーをせびっては、それが聞き届けられないと唾を吐いて背を向ける生活だ。

 本人は何百回もそういうヒネたことを繰り返してきたことに気づいてない。いや、何千回もだろうか。

 この少年――ヤンキーの学生幽霊を解放するのは、自分が死んだという納得だ。自覚することでようやく冥土へ旅立てるが、なかなかその境遇を理解するのは難しい。それを説得できる人間も限られている。

 霊を見ることが出来る人間は決して多くはないが、神原のように不遇な少年時代を送る人間も少なくない。その感覚を生まれつき得た者は、いくつか選択を迫られるのだ。それを抱えて生きるか、無視するか、鍛えるか、だ。

 神原は無視を選んだ。

「今まで、おまえを相手にしてくれた大人はいなかったのか?」

「先公は、ここに来ねえよ。説教なんてまっぴらだ」

「そうじゃなく……霊能者とかだ」

「はあ? 頭おかしいんじゃねえの、オッサン」

 神原は、霊からのコミュニケーションに耳を傾けることを選んだ人間には心から敬意を表する。その能力を鍛えた者を敬服する。鍛えたところで、世間の評価には全くつながらないからだ。

 その才能を活かせるのは、高尚な神主や坊主、霊能者などに限られている。せいぜい、オカルト番組専門のテレビタレントどまりだ。それ以外で、その感覚を活かせる職業はあまり思い浮かばない。

 おまけに見たくないものが見え、聞きたくないことだって聞こえるようになる。そして、こちらの声が相手に届くようになる。人生において、そういった〝才能〟を持った人間には何度か会ったことがある。……だが、神原はあえて彼らを避けてきた。関わり合いになりたくなかった。

「ジロジロ見んじゃねえよ。あばよ」

 困ったやつだ。

 神原は、このヤンキー学生の地縛霊が明日からも、決して手に入れられない小銭を求めてこの商店街を徘徊するのかと思うと、少しやりきれなくなり呼び止めた。

「いいことを教えてやるよ、ユズル」神原は、少年の目を見つめて言った。

「名前を呼ぶんじゃねえって、言っただろ」

「いいか。よく聞け。おまえは、死んでいるんだ。もう、この世の人間じゃない。まわりを見ろ。おまえと同じ学生服の子どもなんていないだろう?(ガキじゃないって?)おまえの時代にはコンビニだって無かったはずだ。新聞や雑誌を見つけて日付に注意してみろ。おまえが死んでから、世間は何十年も経っているんだ」

 神原はスマホを取り出した。

「これが、何か分かるか? 分からないだろう? スマートフォンや携帯電話といって、いまやみんなが持ってる当たり前の器械だ。電話はもちろん、インターネットやゲームも出来る。おまえの死んだ時代には無かったはずだ」

 ユズルの顔はきょとんとしている。

「おれが女の子を探しているのは、それを教えるためさ。おまえのようにうろうろと、いつまでも親を探すような真似を哀れだと思うからだ。それって、悲しいだろう?」

「アホか、オッサン。何を言ってるか、ちぃ~とも分からねぇ」

 神原は、スマホをユズルに構えた。

「これは、カメラにもなる」

 そう言って、神原は少年幽霊に向けてボタンを押した。シャッター音が鳴り、少年がいるはずの場所を小さなフラッシュが捉えた。

 スマホの画面をヤンキー学生に向ける。

「どうだ? おまえの姿が写らないだろう? 影のようなものがあるが、それだけだ。この影がおまえだ。つまり、この画像のようにおまえは周りから見えないんだ」

「そのゲームウォッチ、ナウいじゃん」

「もう、そんな喋り方をするやつはいない。おまえは、時に追いていかれたんだ。おまえの同級生は、とっくにおれと同じくらいの歳になって、結婚したり就職したりしている。おまえのことを覚えているやつは、もういない。命日にたまに思い出すだけだ」

 ユズルに若干のパニックが浮かぶのが分かった。

 生前のことを思い出したのか。自分が死んだと分かったのか。

 自身を納得させられそうか?

 ……しかし、やがて唇の端を歪めて笑った。

「ダセぇな」

 ユズルは唾を吐いた。

「お袋みたいな口きくんじゃねえよ。どうしろってんだ? オレ様にクタバレってのか。くそくらえ」

「少し違うな。もう死んでる。成仏しろってことだ」

「オッサン、クルクルパーってか」

 そう言って、ヤンキーの学生霊は商店街に紛れていった。神原浄は、霊能者の真似事をした自分を少し恥じた。良心に従って、必死になった自分を情けなく思った。

 逃げるように、その場を離れた。

 自分の役割ではなかった。滅多なことをやるものではない。

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