第9話 少年と女の子の死

「警官になって十年……こんなに騒がしいのははじめてで」

 高倉が、神原が尋ねてもいないのに、事件の内容を説明し始めた。

 二週間前の二十六日。町の中心を流れる河川ちかく。公園広場で十代の少年の死体が草むらに紛れて発見された。

 キャッチボールをしていた父親とその小さな息子が、転がったボールを追いかけているうちに見つけたのだ。七才のヒステリックな泣き声を止めてから、父親は持っていた携帯電話ですぐさま通報した。

 電話を受け取った中央署は、現場にいちばん近い捜査員を選出、矢河原署で第一報を受け取った警官たちが急行した。

 遺体の名前は、吉岡英男くん。十七才。

 二日前から行方不明として捜索願が出されたばかりだった。少年は高校での授業終了後に行方が分からなくなっており、両親がその日のうちに警察に通報していた。吉岡くんは何者かに鋭利な刃物で腹部を数箇所傷つけられており、それによる出血多量で死亡に至ったと確認された。

「……それから三日後」

 高倉が押しつけるように続ける。

「次は、小さな女の子。第一現場からそう遠くないところで見つかったんです」

「女の子か……」

 神原は最初は興味ないフリを装っていたものの、古き刑事魂みたいなのがうずき、高倉のことばに耳を傾けた。

「九才で、左足を切断されていました」と田原。

「切断?」

 名前は、及川好美といった。

 捜索願いが出された二日日のことだった。

 吉岡英男くんと同じように、河川近くの用水路で発見されたが、死後数時間が経過していた。好美ちゃんは左足を膝から下まるまる失っており、吉岡少年と同様に出血多量による死亡と確認された。

 神原は、〝左足〟という言葉に反応し、脳裏に今朝出会った少女の姿を浮かべた。けんけんぱで歩く女の子。

「あの子だったのか……」神原は呟いた。

「何です?」

「いや、独り言だ」

「……まだ、年端もいかない女の子でした」田原が言った。

「どちらの事件も、この町で行われたってわけか」

「ええ。そんなむごい事件は、ここじゃはじめてですよ。諍いなど滅多にない平和な町なのに、連続殺人が起こるなんて。そりゃ、繁華街でのケンカなどはしょっちゅう見ますから、我われも血に慣れてないわけじゃないが、あの様子を思い出すと気分が悪くなる」高倉が言った。

 神原はしばらく考えた。

「用水路というのは、商店街からずいぶん近いよな?」

 この二週間、神原はこの町に寝場所を求めて、ぶらぶらと歩き回った覚えがあった。

「ニキロくらいしか離れてません」

 神原は、後部座席に体を埋めて唸った。 

 隣県では若い女性が数名亡くなるという事件が起こっており、その殺人事件と酷似していることもあり、関係性を疑われた。中央から警視庁捜査一課の担当が派遣され、事件番捜査員とで合同現場検証が行われた。事件の異質さから、科学捜査研究所の学者数名が要請され、検証に参加した。

 矢河原署の中央会議室となりの大部屋に特別捜査本部が設置され、捜査員の数に合わせて机と椅子、携帯と臨時電話、ファックス、ノートパソコンが装備された。

 召集がかけられたのは、県警の捜査員、矢河原署刑事課員、隣接署からの応援、中央からの鑑識課員、合わせて三十名ほどだ。

 田原がその様子を説明し始めた。

「発見現場は、私と高倉が担当しました。英男くんは草むらに放置されていましたが、好美ちゃんの〝遺体〟は河川につながる用水路に浮いていました。折れた鉄柵に服が引っかかってたんで、偶然発見されたんです。発見したのは、釣りをしようとしていた中年男性でしたね」

 田原が悲しそうな表情を浮かべた。あんがい悪いおまわりさんじゃないのかも知れないと神原は思った。

「どう見ても生きているようには見えなかった……。捜査本部がちょうど設立された時間と重なって、上からの支持ですぐさま病院へ運べず、刑事と鑑識が現れるまで現場を動かすわけにはいかなかった。足を無くした女の子をビニールマットに寝かせたまま見張ってなきゃいけませんでしたが、……つらい状況でした。まともに見ていられなかったですよ。人生でいちばん長い時間だった」

「いまだに夢に見る」高倉が言った。

「……ですから、商店街で不審者を見かければ、警戒するのが当たり前ですよ」

 我々はとくに、と田原が言った。

「もう、それは十分分かったよ」

 神原はお手上げというポーズをした。

「こんな小さな田舎町の警官は、そんな都会でしか起こらないような事件に慣れてないんです」

 矢河原は、東京から新幹線こだまで三時間半かかるH県を降りから、市電で一時間半の町だ。

 周囲を標高五百に満たない山に囲まれており、中央の河川を横切るかたちで高速道路につながるバイパスが走っている。自然の風景に包まれていながら海が近く、町の中央から十キロ川を下ると海岸線に出る。かつては、家具製造が唯一の市の産業だったが、いまや土地を切り売りして工場地帯に拓いている。数年前に過疎化を脱出し、市の財政が上向きかけていた。

 事件発生と同時に、今まで穏やかだった小さな町が急に騒がしくなり、警官の目も厳しくなった。県警の誰かがマスコミに情報をリークしたらしく、連日テレビのレポーターが押しかけ町をかき回している。

「この時期には、ヒノキ祭って家具の祭りがあるんですが……自粛されましたね」

 小学校や中学校では、不審者にそなえて登校時には保護者が引率するようになった。一部には警備員を配置している。予定されていた各地のノミの市やフリーマッケットはのきなみ中止となった。今まで町をたむろしていた浮浪者たちも、トラブルに巻きこまれまいと腰を上げて他の町へ消えた。

 人口七万人に満たない小さな町を捜査員が手がかりを求めて駆けずり回っている。

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