第8話 まだシロではない

「二週間もこの町にいて、聞かなかったんですか? 毎日、ニュースで放映しているんですがね」

 なかば呆れた表情の高倉が署の奥に行き、新聞を拾ってきた。地元の新聞で、〝連続誘拐殺人事件〟という大きな見出しが一面に書かれている。

 殺人事件か……矢河原はけっして都会ではない。そんなキーワードは、こんな田舎町には似つかわしくない。

 犯人はまだ捕まっていないという部分が神原浄の目に入った。

「……だから、おれをいきなり容疑者扱いしたってわけか」

「怪しい者を見かけた場合は、詳しい事情聴取を〝お願い〟してる矢先だったんです」

 田原が言った。

「署がこんな時間でも明々としている理由が分かったよ」

 深夜にしては署内が明るく、〝活気〟みたいなものを神原は感じたのだ。

「捜査本部が設立されましたので」

 高倉が不承不承に言った。いつの間にかことばも敬語に置き換えている。

「……事情は分かった。だが、毎回あんな風にしょっぴくのか? 殺人事件の容疑者が、あんな処で寝ているわけないだろ」

 警官ふたりは神原のそのことばにまごつくワケでもなく、むしろ無言だった。じっと神原の目を見つめた。そうするのもやむを得なかったと考えているらしい。代わりに、非難めいたセリフを神原にぶつけてきた。

「……相手が、どんな武器を携帯しているのか分かりませんからね」

 二人には初対面から良い印象はなかったが、冷たい正義感が伝わってきた。それに逆らってもムダだ。神原は改めてため息をつき、署を出ようとした。

 しかし、田原が神原を留めた。

「……事件がはじまったのは、ちょうど二週間前なんです。ですから、神原さんがおっしゃった〝二週間〟という語句につい反応してしまったんですよ。我われはずっとピリピリしている。無理もないことだと理解してください」

「ああ」

 まだおまえは完全にシロではない、と言われてるように神原は感じた。

「神原刑事も、最初から喧嘩ごしでしたよ」

 高倉は一言いわないと気が済まない性格らしい。そしてまた、神原に対して警戒を解いていないようだった。目を離さないぞ、と態度が言っている。神原の素性がある程度分かったのに、まだひりひりとした緊張感が男たちにあった。

「もう、分かったよ。帰らせてもらう」

「その前に……」

 田原が神原の髪を指した。「切り傷に絆創膏を貼りましょう」

 神原は額に手をやった。乾いたかさぶたが指に残った。

「血は止まってる。もう構わないでくれ」

 しかし、神原は再びパトカーに乗せられた。せめてものおわびにとパトロールをかねて、自宅まで送ってくれるという。神原は田原のそれには断ったのだが、他の警官にまた荒っぽい聴取を受けるのも面倒だと思い、従った。留置場を出た後も、署内のまだ事情を知らない他の警官らの視線が厳しかったのだ。

 傷のせいか頭痛もいまだ取れない。

 腹が鳴り続けている。手の震えも止まらない。

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