第4話 逢魔が時の空
少女は、きょとんと神原浄を見つめて言った。実際、興味がないのか神原の凝視も意に介せず人形に話しかけている。神原の背筋に氷の塊が差しこまれた。
食べられた?
「どういうことだ?」
少女はうつむいたまま答えない。その断面は、無理やり引き千切られたようで実に痛々しい。ピンク色の肉に薄く血が残っているのまで分かった。
「知らなーい」思い出したくないのか、首を振る。
「くそっ、カンベンしてくれよ!」
神原の動揺とはうらはらに少女は落ち着いた様子だった。
「痛くないのか?」
「どうして?」その瞳は悲しげに神原を見つめていた。
少女がどうやって死んだのか分からないが、天命で亡くなったのではなさそうだ。事故にしろ事件にしろ、その裏には悲しいドラマがあるようだ。こんな小さな女の子に、何が原因で死んだのか尋ねるのは酷と思われた。
何とかしてやりたいという人として当たり前の感情が湧いてきたが、同時にこの場を早く立ち去りたいという欲求とせめぎ合った。
まるで何かに油断したようだ。酒を飲みすぎたからだろうか。それとも久方ぶりに戻った故郷のせいか。とんだ目覚めだ。
神原浄は、なぜこんな感覚を今さら取り戻したのかと自分を疑った。
懐かしさの正体に気づいた。幼少の頃、神原はこういった者たちを〝見る〟ことが出来たのだった……。
霊を見るちから。
それをなぜ、今さら取り戻したのだろう?
神原の困惑とは裏腹に、少女は人形をいじるのに飽きたらしく、くるりと振り向いてどこかへ行こうと背を向けた。
「どこへ行くんだ?」
「パパの処」
片足が無くても、常識では通じない力が彼女を支えているようだ。まるでスキップするかのように、少女は苦もなく商店街を歩いていく。
「パパやママが近くにいるのか?」
「分かんない。あたし、迷子みたい」
神原は少女につられてよろめきつつ腰を上げた……が、すぐさま追いつくことが出来ず転んだ。歳とアルコールに溺れた肉体は、ちょっとした痛みでも声を上げそうになる。筋肉のきしみがほぐれた頃には、その姿を見失った。
やれやれ。
神原は、腕時計のガラスに降りた霜を拭き取った。がさがさと音を立てて、古新聞が通りを横切った。遠くでカラスが鳴く声がする。神原は鮮血のような空を見た。
「まるで逢魔が時だ……」
本来の逢魔が時とは、陰と陽が溶けあう黄昏時のことだ。夕方を意味する。いまは明け方だが、神原の目には空がそう見えた。
赤黒い空が神原に何かを訴えかけているようだ。
〝霊を見る〟という失われた感覚が一時的に戻ったのも、そんな空のせいだったのかも知れなかった。
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