「朝靄・田舎・スギ・ゲーム・君はもういない」

まだ薄暗い朝霧の中、車一台がギリギリ通れる田舎の林道を

がたがたと荷台の荷物を揺らしながら走る。

この杉並木を抜ければ、もうすぐバスターミナルがある町に着く。


揺れるバンの助手席で

くしゃくしゃにしわが寄った彼女からの手紙を僕はまた開いた。


「髪を切ったから、人混みのなかじゃあ

もしかしたら君は気付かないかもしれないね」


そう文末に書いてあった手紙には

あの頃いつも何にでもラクガキしていた

珍妙な木の物まねをしている何かのキャラクターは書かれていなかった。

少し常識に疎く、幼いところがあった彼女はもういないようで少し安心した。


彼女の乗った深夜バスが

バスターミナルに着く時間の部分ぐらいのところをそっと見る。

大丈夫だ、何回も確認した。問題ない。十分間に合うだろう。


彼女がこの村から大学への進学で離れて約一年になる。


僕より数週間早く生まれただけの彼女

小・中校もクラスだってずっと一緒だった彼女

「ずっと一緒だね」と言っていた彼女

高校に行かず、実家の酒屋を継ごうと思うと言っていた彼女

なのに、


「私、トーキョーの大学に行きたい」

そういいだして、親を説得し、近くにある二つ隣町の高校へ入学した。

誰しもが

「何事も勉強だ。高校へ行くのぐらいはやらせて見せよう。

東京の大学はそんなの行かせる金なんてないし、そのうち諦めるだろう」

といっていたのに


「奨学金もらえるようになった。行ってくるね?」


一年も合えなくなるなんて。



あの時、

「へーそう、頑張れば?僕は興味ないや」と嘯いた時、

本当はうらやましかった。


彼女だけが僕と違う世界へ行ってしまうと思った。

数週間しか生きている時間が変わらないのに

ぼくはこの世界いなかでしか生き方を知らない。


彼女は僕の何倍も自由に生きているかのように見えた。


ぼくの生まれた日がもう少し早かったら、

彼女の生まれる日がもう少し遅かったら、

たまたまそれが 4月1日うそつきの日でなかったら


僕はうそつきにならずに済んだのかもしれない


彼女が東京へ行く日、

何も言わずに自分の部屋にあった花瓶を渡した


わざわざ隣町の花屋に行って買ったバラを

一輪だけ差して家を出て、

彼女の家の少し離れたところにバラを抜いて捨てた後で。


どこまでも、僕はうそつきだった。

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