第45話

 蚊が潜んでいた。

 地球は陽本国に降りたビルギ・ジャーダの一人を監視するために送り込まれた、ソーラーエンジンを搭載した半永久機関を搭載した極小の偵察ロボット。

 ビルギ・ジャーダの一人が自らを盗み見られまいとジャミング装置を開発するも、そのジャミング派を逃れた数少ない偵察ロボットは、格納庫の稼働の少ないオクスタン用エレベーターの中でじっと時が過ぎるのだけを待っている。

 自律思考回路の無い偵察ロボットは、目標のビルギ・ジャーダを見失って待機状態のままエネルギーが切れるまでエレベーターの中を撮影し続けていた。





 橋詰恭太郎は、悪友を連れて格納庫のエレベーターの中でコンソールにイタズラを仕込んでいた。

 午後の教練時。

 他の生徒がオクスタンの走行訓練に勤しむ中、特別クラスの生徒たちは実機の中でシミュレーター訓練を受けていると知っていて、エレベーターが地下一階までしか動かないように小型端末でエレベーターのプログラムを書き換える。

 実行キーを押して、恭太郎は口角を上げて口だけで笑った。


「よし。コレであいつらはエレベーターが使えねえ。ザーシュゲインも出せねえ。俺なら強引に出られるけどな!」


 恭太郎に女子のデータを教えるなど悪巧みに協力してきた悪友で親友の真壁広人まかべひろとは流石にやりすぎではと眉根を寄せて一応の提案をする。


「まずさ・・・お前が女子関連で困ってたら助けたりとかはしたけどさ、お前が悪いんじゃん轟沢に殴られた件は」


「は!? どこが! 俺はあの子にちょっと可愛いねって言い寄っただけだぜ」


「言い寄っただけなら追いかけねぇだろ・・・」


 橋詰恭太郎の女好きに苦笑するしかない広人。

 念を押すようにもう一度言った。


「なあ、バックアップ起動するなら今だぜ? 個人にやり返すレベルじゃねえよ」


「今日が初の実走訓練らしいからよ。まあユウちゃんには悪いけど、アイツの困った顔が目に浮かぶわー!」


「レイラ先生に銃口向けられないか心配だよ俺は・・・」


『おーい、誰だ十九号機と二十号機! もうみんな出てるぞ早くしろ!』


 恭太郎たちの番が回って来たようで体育の先生の怒鳴る声が聞こえる。


「やべ。おい行くぞヒロト!」


「マジで直さねえのかよ! まずいって・・・!?」


 エレベーターから駆け出ていく二人の男子生徒。

 蚊のような小型の偵察ロボットは、その様子をただじっと撮影し続けていた。





 月軌道、地球近郊パトロール艦隊から死角になる宙域で、赤黒い生物的なムカデのような艦が身じろぎ一つせずに浮かんでいた。

 異星人の侵略者、ホーネリアンの高速揚陸艦である。

 長い胴体は自在に向きを変えられるフレキシブルなスケルトン構造で、骨組みの中にタコかクラゲと表現される黒い球体から十本の触手を生やした戦闘ポッドが上下左右にずらりと並ぶその数四十機。

 艦自体には火砲は搭載していなかったが、戦闘ポッドの数だけで言えば単艦でパトロール艦隊と渡り合えるほどの戦力。それが、陽本軍の誇る特戦機スーパーロボットのパイロット適正の正体を知りたい各国の思惑で最前線から見過ごされて月軌道に潜んでいた。

 旧式のオクスタンしか配備されていないパトロール艦隊だけでは場合によっては全滅しかねない戦力。

 その半生物的な艦のブリッジで、ホーネリアンの戦隊長が肉質的な玉座に座り妖怪のような単眼のモニターに映し出した偵察ロボットから送られてくる映像を見て笑いが堪えられなかった。


「自らの兵器を使えんようにするか。地球人というのは本当に解らんな。しかも前回の俺の攻撃で自慢のスーパーロボットの所在をご丁寧に明かしておいてコレか」


 人間に近い身体の上に纏ったより昆虫的な外骨格、宇宙服の姿は凶悪そのもの。

 その身を玉座から立ち上がらせて、胸の前で右手の拳をがっしりと握りしめて高らかに笑う。


「まさに時が来たってもんじゃねえか? 裏切り者のビルギ・ジャーダ・ファーストを殺すついでに噂のスーパーロボットを基地ごと叩き潰せる良いチャンスだ。艦を地球に向けろ! ついでに目に入った地球軍のパトロール艦は全て沈めろ!」


 ブリッジで艦の制御に当たっていた表情の無いビルギ・ジャーダを小さくしたような半生命コピー体、働き人が無言で主人たる雄種、戦隊長の命令を忠実に実行する。

 特戦機スーパーロボットが陽本人にしか操縦出来ない謎を解明したい各国がたった一隻程度と見逃したホーネリアンの艦が、今まさに凶悪な牙を剥こうと蠢き始めていた。




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