第44話

 保健室には、金網が設置された特別ベッドが存在している。

 問題を起こした生徒を一時的に収監する反省室のようなものだ。

 もっともそうした使い方をされるケースは非常に稀だった。反省室など生徒に対する人権問題だと父母からの撤廃の要求もあるほどには時代は平和を矜持していたからでもある。

 そして今、橋詰恭太郎はビルギ・ジャーダにナノマシン調整を受けた影響で失神した事と女生徒に対するレイプ未遂の疑いがある事から数少ない例として収監されていた。

 そのベッドの上で、保健医の阿佐見美佳あざみみかは腰掛けてワイシャツのボタンを閉めながらベッドに横たわる恭太郎を心なしか叱るようにして言った。


「まったく、キョウくんには困ったものね。肉体の関係には相互の理解が必要だって教えたでしょうに」


「ミカ先生みたいにみんな理解が深ければいいのに!」


「手当たり次第に女生徒にちょっかい出すんじゃありません! それにしても、いきなりキョウくんを殴るなんて。その問題児って誰なの?」


 恭太郎は面白くなさそうに寝返りを打って美佳に背中を向けて言った。


「特別クラスの野郎だよ! 確か、とうまとか呼ばれてたな」


「ふうん」


 阿佐見美佳は目を細めて件の生徒を脳内で検索する。


(轟沢斗真。異星人の戦闘ポッド来襲時にレイラ先生の指揮で戦った生徒ね。一定の戦果は上げたと言われてるけど・・・)

「結局大怪我して迷惑をかけた生徒でしょう? 明らかに問題児ね」


「そうなんだよ!」上半身だけ起こして振り向き「俺がザーシュゲインでアシストしてやったのに、怖気付きやがって下がるもんだから攻撃喰らいやがってよ! それを俺のせいだって逆恨みしてやがるんだ」


 阿佐見美佳はベッドに腰掛けたまま身体を恭太郎に向けて上半身裸の男子にそっと抱きついて論す。


「あなたのそれも逆恨みよ。お互い誤解があるのではないかしら。でもまあ、どうしても相性の悪い人間っているものだから、これからは関わらないようにしなさいな」


 チュッと、恭太郎の頬にキスをする。

 恭太郎は美佳の肩を抱きしめ返しながら唇を奪おうとするが、美佳はそれを弄ぶようにベッドを立った。


「っ、ミカ!」


「今日はおしまい。もう少し大人になりなさいね。そんなじゃあ好きな子にも愛想尽かされちゃうぞっ」


「俺が好きなのはミカ先生だし」


「って、みんなに言ってるのよね?」


 チェッとベッドに寝転がる恭太郎。

 美佳はベッドの転落防止手摺に掛けておいた白衣を纏うと悪戯っぽく笑って見せた。


「レイラ先生たちには私から言っておいてあげるから、特別クラスの生徒たちにはもう近付かない事よ」


「へーい」


「それと、ナノマシンを注入したとかいう異星人の生徒についても抗議しておいてあげるわね」


「やった! ミカ先生愛してる!」


「軽々しく愛なんて口にするんじゃありません!」


「へーい」


 恭太郎に反省の色はなく、阿佐見美佳という個人からは好かれており甘い対応となっていた事も彼を増長させ、それが一つの結果に繋がっていくことになる。




 起きる。

 やや狭く感じるキャンピングカーのベッドの上。

 うーん! と、伸びをしてベッドの脇に備えられたロッカーを開いて寝巻きを脱いで制服のズボンを手に取ると、勢いよく、はないが天井が落ちて来て階段になると服を纏っていない黄色、よりはオレンジ色に近い肌のビルギ・ジャーダがふうわりと飛び降りてきて俺の背中に抱きついてきてビクッとなる。


「ちょ! ビルギ、まず服着ろし!!」


「おはようなのナとうま! 妾に抱きつかれて感じておるのナ!?」


「ソフビみたいな硬いモノを押し付けられて非常に背中がゴリゴリしてます勘弁してください」


「失礼だナ!?」


 いや、まあ、そこは健全な男子ですからアレですけれども。

 ビルギたちの種族、ホーネリアンというのは昆虫から進化した人間らしく、外骨格が変化した皮膚はソフビみたいな硬度を持っていて独特の肌触りだ。

 だからといって人の形をしたものに抱きつかれるとか朝から刺激が激強だから本当に勘弁してほしい。

 アンナ先生もレイラ先生も異星人相手なら間違いが起きないとか本気で思ってるのかな。正直、ちょっとやばいんだけど。一つ屋根の下ってゲームやアニメじゃないんだよな杏香から逃げれたと思ったら今度は異星人て。俺はただのモブだよ!?

 怒って屋根裏・・・ロフト? 屋根裏だよな。に戻っていくビルギ。

 彼女たちの種族って、服は機能付きの外骨格いわゆる宇宙服?的なものを纏っているそうで、下着という概念はないらしい。

 なんと夕べ知ったのだが、直接制服を着ていたというのだから健全な男子としては刺激が強すぎる。あ、下はスパッツは履いてました。

 そして無駄なスキンシップ。

 事故を起こしたくて仕方がないのだろうか。そんなにも俺を退学させたいのだろうか。


『とうまとうまー』


 屋根裏から声がする。

 朝っぱらからもう・・・。


「なんですか〜」


 やっきりして返事をするととんでもない事言い出した。


『ぶーうらじあ? とかいうのが無いナ』


「知らないよ!」


『優が昨日くれたのナが、シャワー室に忘れたみたいなのナ』


「じゃあ俺、着替えて外で待ってるからさっさと着て出てこいよな?」


『取ってきて欲しいのナ! ついでに付け方わかんないから着けて欲しいのナ!?』


「健全な男子をなんだと思ってるのかな!?」


 そんなにも俺の理性を攻撃するか!

 いい加減にしろ!!

 怒った俺はさっさと着替えを済ませると、玄関を挟んで仕切りのカーテンを閉め、キッチンで買い置きした食パンをトースターで二枚温め始める。


『むうー・・・。とうまが冷たいのナ。妾意気消沈』


「いいから着替えなさいよ! パン作ってあげてるからっ」


『マーマレードがいいのナ!!』


 とととっと、駆け降りてくる音が聞こえて、シャワー室・・・じゃなくて仕切りのカーテンを開けてそのままの身体を披露してきた。

 慌てて頭を押してビルギを戻し、


「ななナ! なんでナ!?」


 カーテンを速攻で閉めた。


「いい加減にしなさいね!?」


「なんでナー!? 初めて会った時と変わらないのナ、何を抵抗するのナ!?」


「抵抗するとか言ってる時点で企んでるよね!?」


「チッ」


 図星かい。


「しょうがないから制服着てくるのナ。一緒に登校するのナ」


 しょうがないってなんだよ。こっちは心臓が持たないよ。


『全く! 今日が一番のチャンスだったのにナ!』


 なんのチャンスだよ・・・。

 ガシャン! と、勢いよくトーストが焼き上がった。

 適当なお皿に取り分けると、冷蔵庫からバターとジャムを取り出して居間へ。

 バス的な壁付きソファに腰掛けると、カマキリの手のおかげでヘソだしルックになった制服を着たビルギが薄い桜色のブラを左手に俺の相向かいに勢いよく腰掛ける。


「マーマレードなのナ!」


「まて、なんという物を手に持っている」


「とうまが冷たいから優に着けてもらうのナ!」


「まず隠しなさいそして着けてもらうなら女子トイレで着けてもらいなさい」


「優は男子生徒で通してるのナ?」


「・・・ここに来てもらって着けてもらいなさい・・・」


 がっと、玄関のドアノブが引かれて開かずにノブがガチャンと戻った。


『あ、あれ? 開いてないや』


 朝早いな。もう優も来たのか。

 少し面倒臭そうに玄関に歩いて行くとロックを開けてあげる。


「開けたよー。どうしたの優、こんな朝早く、」


 ドアを開けると、スーツケースを転がした女生徒姿の優が立っていて・・・。


「え、ちょ、何処の昼ドラですかなんですかその格好」


「え? 学校でも女の子で良いって許可が降りたのだもの」


「なんの話?」


「とうまがぼくの許嫁になったって話」


 え?


「え、なんの話、」

「エースパイロット目指して頑張ってね!!」


 重たい!!

 どうしてこんな展開になった!?


「あと今日からぼくもここで生活するね! ぼくもビルギの監視役ってことで!!」


 世間体!

 どこへ逝った!?

 ここ、曲がりなりにも学校の敷地内なんですが・・・。

 色々と、俺の人生は詰んだようです。これで「義父おとうさん」の指定条件クリア出来なかったら、俺銃殺刑にでも処されちゃうんだろうか。

 健全なお付き合いとは、一体・・・。


「んー?」


 にこやかな優の可愛い顔が眩しいです。無言で早く入れろと強要してきます。

 俺氏、敗北しましょうそうしましょう・・・。


「ど、どうぞ・・・」


 紳士的に身を引いて右手を差し伸べると、優はその手を右手で握って上がってきました。


「ありがとう! おじゃまします! あれ? ただいまかな」


 ありがとう展開!

 俺のハートは爆死寸前です!!

 年頃の娘を健全男子の元に送り出すとか軍人パパは大丈夫か・・・?

 なんか、ビルギと仲良さげな優は居間に座って俺のトーストを食べ始めました。

 諦めて新しく食パンをトースターに入れました・・・。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る