第29話

 柿崎にバカにされながら呆れられながら教室に戻り、クラスメイトとの再開もそこそこに授業を受けて、なんとも他愛のない雑談しかしてないうちにあっという間に昼休みだ。

 しかし、特別クラスって学年も年齢もバラバラだし、年齢イコール学年じゃないし、本当に色々と特別なクラスだな。

 あとで聞いた話だが、ここに集められてる生徒はオクスタンの操縦技術、整備に関する知識、精神面など実戦で即戦力になりうる人材を集めたこのクラスだけで一個小隊を編成できるようにするのを目的とした裏エリートクラスだという。

 学校内では二十代の生徒もいる事から知識不足の問題児の集まりだと思われているし、実際侮られているのだが、クラスメイトの誰一人としてそれらの差別意識は気にも留めていなかった。

 逆に、普通に入試を通って入学してきた戦技科の生徒のレベルは低く、まともにオクスタンの実機を操縦出来る生徒は少なく、三年生でも初めての実戦で俺が操縦した時と比べても見劣りしていたし、本庄や柿崎なんかなら多分俺より上手く立ち回っていたんじゃないかと思う。

 そこに敵がいて、前に出れる精神力があったかどうかまでは未知数だけどな。

 さて、午前中最後の授業、物理の授業を終えて、久しぶりに脳みそフル回転でもよくわからなかった公式にもうどでもいーわーいっとぼけっとしてると、前の席の優が椅子に座ったまま振り向いて、勢い椅子の脚を引き摺る耳障りな音を立てながら振り向いて眩しい笑顔を向けてきて言う。


「とうま、とうま! お昼! 学食行こっ」


 学食ねえ・・・。

 そういえば、俺、金持ってたっけ。


「学食って、食券とか買わんといかんべさ」


「変な方言使ってないでいくよ? 第一、ぼくら特別クラスの生徒は毎月お給料振り込まれてるから学生証をピッてすれば食券買えるじゃない」


 マジか。


「え、俺たち給料出てるの・・・?」


 右斜め前の席の柿崎が哀れむように振り向く。


「お前、知らなかったのかよ」


 くっ、バカにしやがって。

 ちょっと不貞腐れて言い返した。


「知らねえよ俺記憶喪失っ(っていう設定)なんだからっ。中途入学の入試受けたのだって知らねえんだし」


 左隣の席の本庄がキョトンとして俺の横顔を見つけてくる。


「あれ? 轟沢ってさ、記憶喪失なのによく学校入れたね」


「あー。それな・・・。幼馴染がさ、俺がなんも知らないで公園で昼寝してたら激怒して迎えにきたのね」


 優が「幼馴染?」とちょっと不安げな顔を向けてきたので、少しため息を吐く感じで優に言った。


「前来ただろ。桃乃木杏香。病院で会った」


「ああ・・・あの


 明らかに不機嫌そうになったので、そのまま続けた。


「まぁ、もう、関わることも無いだろうけどな。あの子の事だって覚えて無いんだし(そもそも、俺にとっては赤の他人だし)幼馴染って関係を続ける方が不健全だよ」


 左前の席の大凪さんがちょっと怒って振り向いて睨まれた。


「轟沢くん。あなたは記憶を失ってるかも知れないけど、その子にとっては今もきみは幼馴染なのよ? 彼女の気持ちは考えた事あるの?」


 そう言われてもね・・・。


「大凪さん。俺、この間の戦闘で死ぬ所だったんですよ」


「それについて私も一言を言いたかったの。まだ学生の、しかも一年生っていう立場で実戦に参加なんて、無謀だったのでは無いのかしら?」


 正論だなぁ。

 けど、あの時、あの場にいたら出ざるを得なかった。

 それとも、レイラ先生一人に戦わせるのが正解だったのか?

 きっと、レイラ先生は地下にザーシュゲインが保管されてるのを知ってた。

 その上で、敵が特攻機を送り込んでくるとしたら、ザーシュゲインが狙いだと知ってた。

 きっと彼女の役割は、ザーシュゲインやオクスタンのパイロット育成と同時にそれらの基地としても機能するアイングライツ戦技学校の防衛。

 そして、俺たち特別クラスの生徒は、そうした有事の際の即戦力。

 そこまで想像できて、俺ちょっとむきになってしまう。


「戦力がここにあって、敵の目標がここだって可能性もあって。そうしたら出るしかないじゃないか」


「松本駐屯地にいる軍隊は何のためにいるの? そういう時のためでしょう? あなた達が戦う必要があったのか、私は疑問だわ」


「でも、ここって、戦うための訓練をしてる「施設」なんだぜ?」


 ちょっと語気を強くしすぎただろうか。

 本庄が、柿崎までも俺を渋い顔で見ている。

 まぁ・・・八年の、高等部三年、戦技専攻学部五年の訓練期間を終えるまでは俺たちに従軍義務はない。

 逃げたって良かったんだろうけど・・・。


「あの時、逃げたってレイラ先生は責めなかっただろうさ。けど、俺が逃げてたら、レイラ先生は多分戦死してた。それだけの敵だったよ」


「それできみは重傷を負ったのよね?」


「それがダメだったって言いたいなら、大凪さんと話すことはもうないよ。この話終わらないもん」


「私が言いたいのはね、轟沢くん、」

「少なくとも俺は、笹凪を前には出さなかったよ」


 わざと優の事を苗字で言った。

 大凪さん、頭良さそうだからな。このシチュエーションで「優」って呼んだら、色々と勘付かれるかも知れないからな。

 けど、優が、俺が机の上で知らず拳を握りしめてたのを左手の拳を両手で包み込んで来て、それに俺が視線を向けてしまったのを見て何かを勘付かれてしまった。


「そう・・・」


 少し悲しそうに俺を見つめてくる。

 優の事もチラッと見つめて俺に視線を戻す。


「そうなのね・・・。でもきみの事を心配する気持ちまで、否定しないで」


「う、ん・・・」


 なんか、よくわかんないけど気まずい・・・。


「悪かったよ。ちょっとむきになって。ごめんなさい」


「いいえ、私のほうこそごめんなさい。そうよね、そこに守るものがあったら、男の子だものね」


 そう言って大凪さんは席を立って、外に行ってしまった。

 本庄に左肩を軽く殴られる。


「おいっ、気まずいんだけど!」


「しょうがないだろ・・・。俺だって最善を尽くしたつもりだったのにああいう言い方されちゃあ・・・」


「どうでもいいけど、お前ら男同士でそういう関係だったのか?」


 柿崎が俺の左手を包み込んでいる優を見て若干引いた目をしていた。

 優が慌てて手を引っ込める。


「ばっ! たっ! 友達だって心配したら手くらい握るだろ!!」


「ムキになってんじゃねえよ笹凪。俺に被害がなければどうだっていい」


「じゃあそういう勘ぐりするなよな!!」


 なんか、色々ぼろが出そうになってきたので俺は徐に席を立って言った。


「それよか、めしぃ!! カレーそば食いに行こうぜ!!」


 本庄が気を効かせて一緒に立ち上がってくれる。


「カレー! いいね! 今日は丁度金曜日っ、海軍カレー食べようよ!!」


「えー、カレーはうどんだよぉ」


 優が俺と本庄を呆れるように見上げて言う。

 柿崎はダンッと床を蹴って机を揺らしながら立ち上がって宣言した。


「カレーはカツカレー丼に決まってんだろうが!!」


「カツ?」と本庄。

「カレー・・・」と俺。

「どん??」不思議そうに小首を傾げる優。


「お前ら!! 勝利に勝つにはカツ丼だろう!? 華麗に勝利するために! 明日の勝利のために金曜日はカツカレー丼を食べるのが常識だろうが!!」


 聞いた事ねえよ、そんな常識・・・。

 でも、ちょっと美味しそうだと思った。




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