8話「元ニートのおっさん、仲間を集める為にギルドへ」

「いえいえ、お力になれたのなら私としても嬉しいです。ではこれで」


 目の前で女性が小さく頭を下げて微笑むと、そのまま彼女は歩き出してその場を去りゆく。


「お、おぉ……ここの住民は滅茶苦茶優しいな!」


 女性がその場から姿を消して暫くすると、この街の人が意外にも優しいという事実が知れて気分が向上していた。


 何故なら漫画やラノベだと富裕層と呼ばれる人種は、貧民を蔑んだ目で見て唾を吐きかけてくる人間だいう印象が強いからだ。


 まあそれでも先程の女性からならそれも有り……いや、寧ろ俺からしてみればご褒美にすらなりうる訳だが。どうやらそういうのは偏見だということらしい。

 要はフィクションと現実を混ぜるのは御法度ということだ。


「なんかアレだな。勇者一行から抜けた途端に一気に周りが優しくなった気がするぜ!」

 

 恐らくこれは気のせいだとは思うが勇者一行から離れた事で、自分の中でのマイナスオーラがプラスの方へと傾いている気がしてならない。


「よーし、さっそくギルドに行ってみるか! そこで俺と同じぐらいの強者を仲間にするぞ!」


 女性に教えられた通りに歩みを進めて橋を渡りきると、奥の方には一際目立つ大きな建物が堂々と鎮座していた。

 

 よく見れば煉瓦造りとはまた違い主に木材と石で作られているようで、建物へと近づいて顔を上げると看板には冒険者ギルドと書かれていた。


「おお、ここがカークランドのギルドか! ふむふむ、中から聞こえる冒険者達の声にも活気があるようだし、これなら仲間の方も期待できそうだ」


 ギルドの扉は閉じられているのだがある程度近づくと、中からは酒盛りでもしているかと思われるぐらいに冒険者達の笑い声や話し声が聞こえてくる。時刻はまだ昼前だというのにだ。


「ま、まあ入るとするか。いつまでも外で突っ立ていてもしょうがないからな」


 木製の扉に手を添えて軽く力を込めると勢いよく扉を開け放ち――中へと足を踏み入れる。


「おっ、新参者かぁ? ようこそカークランドのギルドへぇぇ! ここはお前のような雛鳥を常に受け入れてるぜぇ!」


 ギルドに足を入れて早々に目の前に現れたのは筋肉モリモリマッチョマンの大男で、両手には酒が注がれているであろうジョッキが抱えられていた。

 しかもその大男は見かけによらず酒に溺れているのか顔が茹でダコみたいに赤い状態である。


「は、はあ……どうも。って俺は雛鳥なのかよ」


 いきなり初対面で無視を決め込むのもどうかと思いツッコミを入れて返事をした。

 

「おっとぉ、お前この辺じゃ見ない顔だな? どこ出身なんだ?」


 すると次は横から陽気な雰囲気を醸し出した兄ちゃんが話し掛けてきたのだが、ここで一番聞かれたくない質問をされて手のひらに汗が滲む感覚を受ける。

 

 そう、俺はモニカのサービスにより赤の他人の体で異世界に転生した訳だ。

 それゆえにか、この体の出生や名前を何一つ知らない状態である。

 つまり俺は自分自身を知らない痛い人間なのだ。

 

 唯一わかる事といえばこの体の男は生前の俺より立派なイチモツを有しているということぐらいだろう。今思えばモニカが後悔しないと口にしていた言葉の意味はこのことなのかも知れない。


「出身……ああ、すまない。昔剣の訓練中に木刀を頭で食らって以来記憶が無いんだ。逆に俺が何者か知りたいぐらいさ。ははっ」


 咄嗟に記憶を失くした事にすると自分でも驚くほどに嘘がぺらぺらと流暢に口から出て行くと、最後に苦い笑みを敢えて作り信憑性を増させる手を行使した。


 実はこういう手口を俺は何度も使い、中学生の頃は幾度となくズル休みを獲得してきたのである。そして中学を卒業して高校も卒業すると、この話術を使うのは久々ではあるが、まだ現役の頃のように口が動くことが分かった。


「そうなのか? なんかすまねえな……」

「いや別に構わない。んじゃ俺はこれで」


 早々に話を終わらせると仲間を見つけるという本来の目的を達成させる為に受付の方へと足を進める。


「ほほう、これは珍しい。まさかこんなところで東の国の白夜の一族に出会えるとはな」


 突然一人のドワーフ族の男が魚料理を食べながら話し掛けてくると、俺の足は自然と立ち止まり視線を彼の方へと向けていた。


「し、知っているのか? 俺の素性を……」


 初めて自分が何者か分かるかも知れない可能性を持つ人物を見つけると、心臓の鼓動が次第に強く脈打つ感覚を受けてドワーフの男に尋ねずにはいられなかった。

 俺が一体何者であるかを――――

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