3話「元ニートのおっさん、自由の身となる」

「うんうん、実に良い声だ。無能らしくて品のないところが特にね。……さて、ヴァシリーサもどうだい? 常々殴たりと言っていたし、ちょうどいい機会だと思うけど」


 珍しく機嫌が良さそうにセシールは柔らかい声を出して何度も頷いて反応すると、視線を彼女の方へと向けて今度はヴァシリーサという怪力女に殴らせようとしていた。


 多分だがセシールはあわよくば俺を殺す気でいるのではないかと、その時何となくだが雰囲気的に察することが出来てしまう。


「ああ、勿論だ。こんなに気分が上がることは滅多にないぜ! いっぱい殴ってやっから簡単にくたばってくれるなよ!」


 彼女の提案にヴァシリーサは肩を回しながら乗り出すと、壁際から離れて俺の元へと近づくように歩みを進め始めた。

 しかしこんな下らない事で怪我を負うのは愚の骨頂だと思い、


「……はっ、お前達は嘗てないほどの過ちを犯したな。俺をパーティーから追い出すという、その選択。必ず後悔することになるぞ」


 痛みに耐えつつ体を起こして全員に顔を向けながら後悔するという宣告をする。

 だがこれは決して見栄を見せた訳でなはなく、紛れもない真実であるのだ。

 

「くふっ、一体何を言っているんだキミは? パーティーのお荷物を捨てるだけで何故私達が後悔するんだい?」


 セシールは口元に手を添えながら堪えきれないという感じで笑みを零すと、それに続いて茶髪の女性も俺から顔を背けて笑うのを必死に堪えている様子であった。


「はぁ……馬鹿だとは思っていましたが、まさかこれほどの者だったとは思いませんでした」


 ベアータが消えりそうな声で静かに罵倒してくると、道端に転がる魔物の汚物を見るような視線も同時に向けてくる。


「ゴタゴタとうるせえよ。まずはその歯を全部へし折って黙らせてやらぁぁあ!」


 歩みを進めていたヴァシリーサが急に表情を鬼のような形相へと変えると、床を力の限り踏み込んでは一気に距離を縮めてきた。


「はぁ……やれやれだぜ」


 猪突猛進してくる彼女を視界に捉えつつ懐に手を入れると、白色の小さな玉を二個ほど取り出して床に叩きつけようと腕を振り上げる。 

 実はこういう場合を想定……いや本当は野盗に襲われた時ように護身は万全であるのだ。


「ッ……煙幕玉かっ!?」


 セシールは俺が懐から取り出した丸い物の正体を即座に見破ったようだが、時すでに遅し状態で煙幕玉を床に叩きつけると部屋の中は一瞬にして濃い白煙に包まれて視界が封じられる。


「ったく、本当にどうなっても知らねーからな。俺は忠告したからな一応。んじゃ、ばいばーい」


 一番扉に近いところに居た俺は視界を封じても特に支障はなく、ヴァシリーサ達に捕まる前に難なく部屋を出て行くと最後に勇者一行のもとで一年働いた分の報酬として、メンバー全員の下着を頂いていくことを心に決めるのであった。

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