3話「ニートのおっさん、女神と出会う」

「あのーもし? 起きてくださーいよ」


 意識が途絶えてからどれくらいの時間が経過したのだろう、俺の右耳からは聞いた事もない女性の声がふんわりと聞こえてきた。


 ……いや聞いたことないというのは語弊かも知れない。

 エロゲーを攻略していた時に似たような声を聞いたことがある気がする。


「あのぉぉぉ! 起きてくださーいよぉぉ!」


 すると女性は業を煮やしたのか鼓膜を破る勢いで大きな声を出すと、まどろみに漂う意識は耳鳴りと共に否応にも覚醒へと促されていた。


「なんだよ……俺はもっと寝てい……はっ!? う、うああぁっ!? 包丁が俺の体をっ! 出血多量でこのままじゃ死ぬ! 嫌だ! もっと生きていたい! 死ぬのは嫌だぁぁあ!」


 そして深い眠りから覚めるように体を起こすと、つい先程の血の惨劇が脳内にフラッシュバックして咄嗟に全身を触りながら悲鳴をあげて涙を流すと、あんなつまらない死に方は嫌だとその場に蹲りながら震える。


「落ち着いて下さいよ。そしてご自身の体を良くご覧になられては?」


 エロゲーで聞いたような事のある声を持つ女性が、まるで子供をあやすように再び声を掛けてきた。


「えっ? あ、はい。なんかすいません……って!? 俺、生きてるぅぅぅ!? 嘘だろあの状態でだぞ! まじかよ! やはりニートの生命力はゴキブリ並とはよく言ったものだな! ざまあみろクソ親どもがぁ! はっはは!」


 女性に言われて自分が滅多刺しにされて中身が見えていた腹部に視線を移すと、そこには血まみれと化した服があるのみで特段痛みを感じることはなく、更に確認の意味を込めて手で触れてみたが傷痕らしきものは一切見受けられない。

 

「あー……なんか面倒な方が来てしまった予感がしますね。これは」


 目の前では眉間を指で押さえながら女性が重たい表情を浮かべている。

 しかし今更ながらに思うがこの女性は一体誰なのだろうか。


 そしてよくよく周囲を見渡して見ると、ここはどうやら俺の家ではないらしい。

 なんか天井には星のような形をした物が無数に光輝いていて、しかも床は一面がブラックホールのように暗く眺めていると意識が吸い込まれそうな印象を受けた。


 だが実際にブラックホールを見たこともないし、吸い込まれたこともないから唯の憶測である。

 そう、言うなればただの例え話であるのだ。

 けれど今はそんなことを考えるよりも先に、


「あ、あの……すいません。ここはどこでしょうか? そして貴女は誰ですか? 声優さんですか? サインを貰ってもよろし?」


 女性と視線を合わせると自分でも分かるほどに怒涛の質問責めを披露する。

 だがそれと同時に今一度しっかりと女性の姿を視界に捉えると、彼女は純白の長髪に人間離れした美しい白肌を見せていて、瞳は晴れた空のように明るい色をしていた。

 

 服装は修道服のような物を着ているのだが、明らかに日本人ではないことは容易に理解できる。

 というよりぶっちゃけアニメの世界から飛び出してきたのではと思えるほどに可愛い。

 

「……はぁ。順番に追って話しますので暫く黙っていてください」


 面倒くさそうに溜息を吐いて女性は右手の人差し指を立たせて一の字を書くように横に振るう。

 すると途端に俺の口は自らの意思に関係なくチャックが閉じるように開かなくなる。


「ッ!? んん”~~ん”ん”っ!」


 その急な出来事に一種の催眠術かと思い必死に口を開けようと唇の間に指をねじ込もうとするが、まるで俺の口は見えざる手により塞がれているように僅かな隙間すら生まれることはない。


 ……でも諦めるのもなんだが癪なのでそのあとも五分ぐらいは口を開けようと奮闘したのだが、ついに努力が実ることはく無駄に体力を消費しただけで疲れ果ててその場に座り込んだ。


「ふんっ、無駄だと言うことが漸く理解できました? ではそろそろ本題を進めますよ」


 いつの間にか女性は椅子に腰掛けていて、俺の努力を鼻で笑うような素振りを見せてくると一方的に話を進めだした。しかし口が開けられない状態なので黙して聞くことしか選択肢はない。

 

「えーっとまずはですね。貴方は死にました。ええ、それも実の親に包丁で滅多刺しにされてですね」


 いきなり女性はそんな事を言い出すと右手で包丁を握るような仕草を見せて何度も上下に振り出した。それはまるで男性のナニを発電させる時のような仕草にも見えなくはないが、生憎今の俺に性欲は皆無であり脳裏に刺された時の記憶が再び蘇ると気持ち悪くなる。


「……ッ!」


 というより吐きそうになるが口が開かないので、胃液が喉を駆け上がる際の妙な痺れと酸味が永遠と口内に残り続けていた。ある意味これは新手の拷問なのではないだろうかと思えるほどにきつい。


「それでここは天国とも地獄とも違う次元の狭間という場所であって、私はここの管理人をしている女神の【モニカ】です」


 口内に残留した胃液で苦しんでいるというのに、モニカという女性は偉そうに椅子に座りながら女神なんぞという言葉を真顔のまま口にしてくる。

 しかも俺の反応を待たずして矢継ぎ早に話を進めていくと、

 

「それでですね? 死んだ直後の貴方をここに引っ張ってきたのには理由があるんですよ。というのも私が担当している異世界が今ものすごく魔王軍に攻め込まれていて劣勢なのです。だから貴方には魔王を倒す手助けをして欲しいのですよっ!」


 自称女神のモニカは決め顔を晒しながら人差し指を正面へと向けて見せつけてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る