2話「ニートのおっさん、親に刺されて死亡」

「くっ……に、逃げないと……!」


 腰の抜けた体をどうにか動かそうと腕の力のみで廊下を這いずろうとするが、長年の引きこもりが影響しているのか腕に全くと言えるほど力が入らず、その間にも背後からは二人が近づいてくるような足音がしっかりと聞こえた。


「ごめんなさい……隆史……」

「許してくれ……もうこれしか方法がないんだ……」


 二人の啜り泣くような声が直ぐ背後で聞こえると、この二人は一体何を泣いているのかと床を這いずる手を止めて振り返る。……そして俺が見た光景は恐らく永遠に忘れることないものだろうと心の何処かで確信できた。


「なっ、何をする気だっ!? 父さん! 母さん!」


 目の前には両親が虚ろな瞳を見せながら右手には銀色に輝く包丁を握り締めていて、その様子を見た瞬間に日頃見ていた例のニュースの一件を思い出すと、その場で失禁しながら壁に背を貼り付けさせて声を震わせる。


「本当にごめんなさい……後から私達も行くからね……」

「お前をこんな風に育ててしまったのは俺達の過ちだ……。だから本当にすまない……っ」


 気がついた時には既に二人は鋭利に尖る刃先を向けながら大粒の涙を流していた。

 そして包丁を握り締めた手を前へと突き出して一直線に駆け寄りだすと、


「まっ――――あ”ぁ”ぁ”あ”っ”!?」


 その数秒後に二本の包丁が腹部に突き刺さる感覚を受けて甲高い悲鳴をあげる。

 だが二人はそれで手を緩めることはなく刺した包丁を引き抜くと、何度も何度も俺の体に刃を突き入れては謝罪の言葉を口にしていた。


「すまない……すまない隆史……!」

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」


 もはや壊れたラジカセのように両親は同じ言葉しか言わなくなると、とうとう悲鳴をあげる体力すらも無くなり足や手の先が段々と冷えていく感覚を受けつつ、自身の体だから流れ出る大量の血を見ながら迫りくる死に思いを耽させた。


 どうして、一体どこで何を間違えたのだろうか。

 高校を卒業して新卒で働いて1ヶ月で会社を辞めたのがいけないのだろうか。

 そもそも中学の時から苛められていた俺に原因があるのだろうか。


 色々と考えることはできたが結局何がいけないのかは……恐らく死んでもわからないことなのだろう。

 

「か……あさん……とうさん……おれは――――」


 死の間際で自然と口から出ていく、この言葉を最後に俺の意識は完全に途絶えた。

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