3-4



翌朝。

紫翠はいつもより遅くに起きてきた。いつもならそろそろ家を出る時間だ。


「おはよう、織。ごめんね、お腹空いたでしょう?」

「おはよう。我は大丈夫だが、遅刻するのではないのか?」

「今日は午後からだから大丈夫」


微笑わらって言う紫翠に一歩踏み込む。


「それは、昨日のことでか?」

「そうだけど」


何が言いたいのだろうと言うように紫翠は首を傾げた。


「昨日の様子からみて大きな術を使ったのではないか? それで激しく消耗したのでは? 博物館の仕事というのはそれほど危険なものなのか?」

「どうしたの、突然」


畳み掛けるように問えば、紫翠はきょとんとしている。

無理もない。今までの織部は紫翠について無関心を貫いていたのだから。

会えば挨拶はしたがその程度だ。

それが急に踏み込んだのだから、訝しく思われたも仕方ない。


「危険なら我を連れていけ。少しは守りになるであろうよ」


紫翠はああ、と納得したような顔になる。


「心配してくれたんだね。ありがとう。でも大丈夫。普段は危険なんて全くないもの。私の部署は収集されたものを精査・分別する仕事だから」

「普段は、ということは危険なこともあるのであろう? 昨日はその例外的な危険なことがあったのでは?」


思わぬ食いつきなのだろう、紫翠が困惑した顔になる。


「確かに昨日は曰く付きのものの暴走があったけど、あんなこと年に何回もあるわけじゃないし。だから大丈夫」

「年に何回かはあるのであろう? なら、」

「織は連れていかないよ」


言葉を遮られてきっぱりと言われ、思わず眉を寄せてしまう。


「何故だ?」

「本当に年に何回もないし、同僚もそれぞれそういうことに対処できるし、私も織がいない時からちゃんと対処できてるんだよ。それに、織はそういう荒事あらごとは嫌いでしょう?」


最後の言葉に一瞬言葉に詰まる。


「だが、」

「大丈夫だから。それより、ご飯にしよう。簡単なものになっちゃうけど、すぐに用意するね」


話はそこで終わりというように紫翠は隣の台所に行ってしまった。

追いかけようとして踏みとどまる。

今追いかけても邪魔になるだけだ。

それなら食事時がいいだろう。

そうすれば逃げられずに話ができるはずだ。

紫翠の中では話が終わっているだろうが、織部は納得していない。

これは紫翠の身の安全のためである。

妥協などできない。




紫翠は困惑と驚きの中にいた。

まさか織部があんなことを言うとは思っていなかった。


よほど自分は弱っているように見えたのだろうか?


もともと庇護欲の強い鬼なのだろう。

だから、自分の楽しみや嫌なことより、守らなくてはという認識を持ってしまったのだ。


そんな必要はないのに。

あの様子では諦めないだろう。

本当に好きなことを楽しんでいてほしいのに。


ため息を堪えつつ朝食と昼食の用意をする。自分の分の昼食は後で弁当箱に詰める予定だ。

合間に仏間に行き、水とご飯を換えるのも忘れない。

昼食分は冷ましておき、できた朝食を居間に運ぶ。本当に簡単なもので油揚げとねぎの味噌汁とアジの開きだ。


「織、お待たせ。ご飯できたよ」

「ああ」


手早く魚の載った皿と味噌汁の入ったお椀を並べ、とって返した台所から箸とご飯を盛った茶碗と緑茶の入った湯呑みを盆に載せて戻る。

箸と茶碗と湯呑みを並べて座ると、織部も席についた。


すっかり定位置になった正面の席。

その真正面から真っ直ぐに向けられる織部のを見て、やはり諦めていないかと悟る。


「話は後で聞くから今はご飯を食べよう?」

「本当だな?」

「うん」

「ではそうしよう」


ほっとして「いただきます」と手を合わせて箸を取った。

向かいではため息を堪えたような表情で「いただきます」と手を合わせて織部も箸を取って食べ始めた。

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