3-3
だがそれでも完全には警戒心が拭えない。
紫翠が真名を知り得たのは何故なのかがわからないからかもしれない。
何故知っているのかと訊いた織部に、紫翠は「内緒」と言ったのだ。
全て話せと言う気はないが、その、織部にとって重要なことが秘密にされたのが引っかかっている。
紫翠は織部の知らない織部を知っているのかもしれない。
いや、さすがにそれは考えすぎであろうとは思う。
二十年封印されていたと言うのが本当なら、織部が封印された頃、紫翠は四歳だろう。
それならば織部のことを知っている誰かから聞いたというほうが可能性が高い。
その人物のことを言いたくないのかもしれない。
知られたくない人物なのか、それとも、思い出すのもつらい人物なのか。
「内緒」と言った時の紫翠は泣きそうな笑顔だった。
だとしたら、後者なのだろう。
もしかしたら、亡くなっているのかもしれない。
だとしたら、それを訊くということは、悲しみに爪を立てることになる。
そこまでして知りたいことなのだろうか?
それよりは、気になるなら記憶を取り戻すほうがいいのではないだろうか。
それとも、いつかは話してくれるのだろうか?
そこまでの信頼関係が築けるのだろうか?
その考えは不思議なものだった。
織部が信用しようがしまいが、使役された身である以上、彼女は主だ。
それも、真名を掌握され、魂に鎖かけられた、契約ではなく真の主だ。
だから、本来なら織部の信用なんて関係ないのだ。
それでもーー。
それでも恐らくは、彼女を信用したいと思っているのだろう。
***
完全には警戒心を緩められないま過ごしていたある日、紫翠がひどく疲れた様子で帰宅した。
「ひどく疲れているようだが、何かあったのか?」
思わず声を掛けた。
彼女は疲れた顔で少しだけ笑った。
「仕事でちょっとね。ごめん、今日はゆでるだけのおうどんでいい?」
「我は構わぬが」
「ごめんね」
紫翠は食事を取るとすぐに風呂に入り、
「疲れたから今日はもう寝るね。おやすみ」
とさっさと部屋に引き上げていった。
一人残された織部は考える。
あの消耗の仕方は織部を使役した時に似ている。
仕事は博物館で働いていると言っていたが、何か強力な術を使ったのではないか。
もし危険なことをしているのなら、自分のことを連れていけと言わなければ。守りくらいにはなれるはずだ。
明日問い詰めてみなければと決意した。
そうすると、すとんと自分の心が定まった。
何故自分は彼女にわずかでも警戒心を持っていたのだろうと不思議になるくらいそれがすっと消え、ただ紫翠を守ろうと思えたのだ。
それが不快ではなかった。
ならもうそれでいいのではないかと思った。
それでいいのだ。
だから彼女を"主"として、しっかり守ろう。
織部もそれなりに力を持っている鬼だ。
彼女のーー主の力になることができるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます