3-1

県立博物館の一角にある、特別資料室のプレートがある部屋の扉を紫翠は開けた。


「おはようございます」


もうすでに何人か出勤してきていたようで、ぱらぱらと挨拶が返ってくる。


ここが紫翠の職場だ。


扱うものが特殊である場合もあるので、博物館本体からは離れた位置にある建物が丸々特別資料室になる。

博物館の職員用通路から入り、地下にある博物館の倉庫の前の廊下を通り、その奥にある階段をのぼればこの建物に着く。


ここで扱っているのは、美術館や博物館に物品だ。


簡単に言ってしまえば、呪いの品や世に出てはまずい物がないかを調べる部署だ。

ここで問題なしとなった物がそれぞれの美術館や博物館に納入されていく。呪いの品であったり、世に出てはまずい物は封印したり、処理班に引き渡したりする。封印した物は一部を除いて管理することも業務に含まれる。

全国にいくつかそのような場所があり、ここはその支部の一つなのだ。ちなみに本部は東京にある。


扱うものが扱うものだけにここに勤めている者は何らかの能力持ちだ。

対外的には県立博物館の所属にはなっているがれっきとした国家公務員である。

その実態を知っているのはごく一部の者に限られる。


部屋の中は広く、専門ごとに机を寄せて島が作ってある。

紫翠が所属する文書部門は、煩雑で広範囲に渡るため一番所属人数が多い。ここで精査されたものの一部は国立国会図書館に納入される。


紫翠は個々に挨拶をしながら自分の机に着いた。


「おはよう、菅原さん」


声をかけてきたのは隣の席の事務員の白里雪乃しらさとゆきのだ。

ある事情により、白里は紫翠の隣の席になっており、事務員は二人だけなので、必然的にもう一人の事務員も白里の前が定位置であり、文書担当の島に事務が併設されている形になる。

本当はもう少し事務員を増やしたいが、事務員にも特殊能力が求められるため、なかなか難しいのが現状らしい。幸いにも二人ともに有能なので、なんとか二人でも回せている状態なのだとか。


「おはようございます」


白里に挨拶を返して席につく。


「あら、髪切ったの?」


目敏めざとく気づかれる。


「はい。パサパサに傷んでいたので切っちゃいました」

「そう。ふふ、何かいいことあった?」


白里に訊かれ、そんなに顔に出ていたかと反省しつつ答える。


「はい、ちょっと」

「そう。よかったわね」


白里は深くは聞かずにそう言ってくれた。


「はい」


そこで会話は終わり、仕事の準備にかかる。

筆記用具等を出して定位置に置くと仕事に取りかかった。

基本的に朝礼はない。伝達事項があれば、全員が揃ったところで室長から伝えられるが、それも滅多にない。


「おはよう」


前方から挨拶されて紫翠は顔を上げた。

前の席の静馬透理しずまとうりが出勤してきていた。

三十代前半の男性で、紫翠の就職試験の時の試験官の一人だった縁と、意外と話が合うので比較的親しくさせてもらっている。


「おはようございます」


静馬がおやっという顔で紫翠を見る。


「髪切ったんだ?」

「ええ、傷んでしまって」

「ふーん。何かご機嫌だね?」


白里に続いて静馬にまで指摘されてしまった。


「……そんなに顔に出てます?」

「顔には出てないけど、雰囲気がいつもと違うかな」

「そう、ですか」


あまり浮かれて見えないように気をつけないと。

どこから気づかれるかわからないのだ。

とはいえ職場ではさすがに大丈夫だろう。


「別にいいんじゃない?」


それに紫翠は曖昧に微笑む。

そして、ふと思い出す。


「あ、静馬さん、あとで少し相談に乗ってもらえますか?」

「いいよ」


微笑んで了承してもらえてほっとする。


「菅原さん、今日もお弁当? うん、ならお昼一緒にしようか?」


紫翠も静馬も基本お弁当派だ。時々こうして一緒に昼食を取ることもある。決して珍しいことではない。


「はい」

「じゃあその時に」

「はい。ありがとうございます」


静馬は優しく微笑むと仕事の準備を始め、紫翠は仕事に戻った。


***

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