2-4


とりあえず答えを得やすそうなことから訊く。


「学者? 陰陽師ではなく?」


陰陽師でもないのにあれだけの力量なのか?

学者だから真名を知っていたのだろうか? ……いや、この可能性はほぼない。

だが、封印された頃の記憶はないのだ。この時期に何かがあったのだろうか?

紫翠とは別の意味で記憶がないのがもどかしく感じる。


「うちは陰陽師の家じゃないよ」


重ねて紫翠が言う。


「しかし、」

「私は陰陽師の学校に通っただけ。どっちかというと学者の家系だよ。父も祖父も学者だし」


言いたいことがわかったのか、言葉を遮られた。


「そなたは学者ではないと? ……学者というには若いな」


その言葉は彼女の気にさわったらしい。

むっとした顔になって、


「私をいくつだと思ってるの? 二十四だよ?」

「は? 二十四?まことか?」


思わず言ってしまい、紫翠の視線が険しくなる。失言だ。


「すまぬ。失言であった」


何か言われる前に先に謝る。

紫翠の視線から険しさが抜ける。


「いいよ。私のほうこそちょっと過敏だった」


普段からいろいろ言われているのだろう。

それなりに長い時を生きている織部からしたらまだまだ十分におさな……若いとしても、人間で言えば成人は過ぎているのだ。

本人が若く見られるのを気にしているのであれば、気をつけるべきであった。そして、これから気をつけなければならないことである。


「話を戻すね。私は学者じゃない。陰陽師の学校に行って術はある程度使えるけど、陰陽師じゃない。博物館で働いてるの」


……どこから何を言っていいのかわからない。

紫翠は軽く首をかしげる。


たいして気にかけるほどのものじゃないでしょ」


本当に軽く言っている。大したことではないと。


「……陰陽師の学校にまで行ったのに陰陽師ではないと?」


気負うほどのことではないと言うように、彼女はどこまでも軽く答える。


「そう。昔から古今東西関係なくたくさん本を読んだ。その中に陰陽師関係の本もあったの。だけど、あれは中途半端な知識を持っているとけっこう危ないもの。だから学校に行っただけ。私だけじゃない。そういう人は何人かいたもの」


そういう、ものなのだろうか?

それについては鬼である織部にはわからないことだ。

少し眉間に皺が寄る。


「別に誤魔化そうとしてるとかじゃないよ。それが事実なだけ」


どうやら誤解させたらしい。


「別に誤魔化そうとしておるとは思っておらぬ」


たとえそうだとしても、織部は何か言える立場ではないが。


「そう。……何の話をしてたんだっけ?」


いろいろ気になることがあって話が脱線した結果、わからなくなったらしい。


「今後のことについてだな。我がいろいろ訊いてしまったから脱線してしまったが」

「ああ、そうだった。訊きたいことがあればいつでも訊いてくれていいよ」


一つ、これだけは確かめておかねば、と思っていることがあった。


「訊きたいことと言えば一つあるのだが、よいか?」

「うん? 何?」

「そなたはこの家に一人暮らしなのか?」


それはどうやら思ってもみなかった質問らしい。


「え?」と驚いたように声を上げた後、少し寂しそうな瞳で頷いた。


「うん、今は一人暮らし」


ふと織部は気づいた。

先程彼女は隣室に水とご飯を運んでいた。その後で線香の匂いとりんの音がしていた。

つまり、隣室にあるのは仏壇だ。

身近な誰かが亡くなっているのだ。

それは両親かもしれなくーー。


もしかしたら、目の前の彼女は天涯孤独なのかもしれない。

だとしたら、寂しさを紛らわせるために彼を使役したのだろうか?


それならば好きにしていていいというのにも納得ができる。

ただ使役できるか試してみたかったというのはただの言い訳で。

とにかく誰かの気配がほしいのかもしれない。


ただ「織」と呼ぶのにあんなに幸せそうに微笑むのは何故かはわからないが。いや、「織」と呼ぶ誰かを亡くしたのかもしれない。

ただその名を呼ぶのが嬉しいという、それだけのことかもしれなかった。


「織、どうかした?」


織部が黙ってしまったからか、紫翠は軽く首を傾(かし)げて訊いてくる。

織部が推測したことが本当かどうかはともかくとして、それを軽々しく口にすることははばかれる。


「いや……」


歯切れ悪く答えたからか、少し考えるような間を空けて納得したような顔になった。


「誤解させちゃったみたいだね。ここは祖父母の家なの。祖父母は亡くなっているけど、両親は生きてるよ」


そう聞いて安堵する。


「私はここからのほうが職場に近いからこの家に住んでるの。……おじいちゃんもおばあちゃんも好きだったし」


……寂しいというのは当たっているかもしれない。

恐らく思い出の詰まっているのであろう家に一人というのもつらいのかもしれない。

せめて誰かの気配がほしいという理由で選ばれたのがたまたま織部だったのかもしれない。

「織」という呼び名にこだわりがあるのは、例えば……そう、死んだペットの名前とかなのかもしれない。


「そうか」


そして、他に住む者がいないのならば言っておかなければならないことがある。


「であるならば、我が言うのもなんだが、部屋と風呂に入る時は結界を張ったほうがよい」

「ん?」


この顔は絶対にわかってない。

昨夜からの短い付き合いである織部にもさすがにわかる。

本当に警戒心の足りない。


「必要?」

「必要だろう。よく知らない者を家に置くというのなら万が一のことも考えておくべきだ」


こういうことを指摘しなければならないというのもなかなか複雑だ。

彼女は少し考える素振りを見せてから頷いた。


「そうだね。しばらくは結界を張ることにする。だから織もしばらくは家の敷地内にいてね」


そういえばもともとはそういう話をしていたのだった。


「承知した。そなたがいいと言うまでは敷地内にいよう。庭はよいのだろう?」

「うん、庭はいいよ。手入れは全然行き届いてないけど」

「自然に近いのもまたよいものだ」

「そこまでじゃないよ、……たぶん」


その言い方に思わずほんの少しだけ唇の端を上げた。

それに気づいたのか、紫翠が嬉しそうに微笑わらう。


「好きにしててね。何かあったら言ってね」

「ああ」

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