1-9


玄関にのみ明かりがついている家を見て一つの予感はあった。

家の中に入り、それはほぼ確信に変わる。

それだというのに前を歩く彼女は何の警戒心もいだいていないようである。


無言だったからか、ついてきているか心配でもしたのかちらりと振り向いて見てきた。

さすがに疲労の色が濃い。

鬼を使役したのだ。かなりの負担がかかったはずだ。

早く休んだほうがいいだろう。

とはいえ、最低限彼の立ち位置くらいは言っておいてほしい。


無言の訴えが通じたのか、彼女は立ち止まり、彼に相対した。

しかしその口から出た言葉は予想外であった。


「疲れた。もう無理。寝る。鬼さんはそっちの部屋を使って。布団は端に畳んであるから自分で敷いてね」

「は? ちょっと待て」


疲れて眠いのはわかるが、待ってほしい。


「ごめん、眠い。話は明日でいい? 諸々説明とかも明日ちゃんとするから」


……まあ、その点はいい。確かに眠気に負けそうになっているのは見てわかる。それならば一度寝てからのほうが話すにはいいだろう。

だが、"命令"くらいはしておくべきではないのか。自身の安全の為に。


「……そなたには警戒心というものがないのか?」

「たぶん人並み以上にあるよ。でも鬼さん相手に必要ないでしょう?」


伝わってない。

ため息をこらえつつ進言する。


「確かに我はそなたに使役された身。そなたの望まぬことはせん。だがしかし、一応我は異性だろうに。少しは警戒心というものを見せてもよいのではないか?」


だが彼女はふふふと笑うばかり。


「鬼さんも疲れたでしょう? 早く寝たほうがいいよ。おやすみ」

「待て」


呼びとめたが、彼女は目の前の部屋に入ってふすまを閉めてしまった。

別に襲うつもりはないが、それにしてもあまりに警戒心がない。


それは使役しているというおごりから来るものなのか。

それともただ度量が大きいだけなのか。


考えてもどうにもならないことだ。

主たる彼女の言う通り、確かに疲れてはいる。

彼は大人しくあてがわれた部屋に行き、寝ることにした。


襖を開けて中に入る。

部屋は質素に調えられ、文机と衣装箪笥、端に布団が畳んで置いてあるだけだ。

掃除はきちんとされており、心なしか清澄な空気さえ感じられるようだ。


後ろ手に襖を閉める。

ふっと意識を集中して家の中の気配を探ってみる。


やはりだ。

主となった女性以外の気配は、ない。

この家に一人で住んでいるようだ。

部屋には結界が張られた様子もない。

部屋に踏み込んで寝込みを襲おうとすればいくらでもできる。もちろんそんなことはするつもりもないが。

疲れてそこまで気が回らなかった可能性も否定できないが、ーーあまりにも不用心だ。


まあどのみち真名を掌握され、魂に鎖をかけられた状態だ。彼女を害することはできない。今のところそのつもりはないが。


彼女はーー


「我をどうするつもりなのだろうな……」


思わずぽろりとこぼした。

彼女の様子からそう悪いようにはならない気もするが、わからない。

ただ単に試してみたかっただけなら、使役できたあとすぐに解放されてもよかったはずだが、そうはせずに住まいまで連れてきた。しかも部屋まで用意されている。


彼女の本当の目的は何なのだろうか?


争いごとは嫌い、戦力を欲しているわけではない。

その言葉に嘘は感じなかったが、それを信じられるほど彼女のことを知らないのだ。


「全ては明日か……」


彼は軽く頭を振った。

今考えても仕方のないことだ。

言われた通りおとなしく寝ようと思った彼の目に文机の上部にある障子が映る。

彼はそちらに近づき静かに障子を開け、窓も開けた。


ふわりと風が吹き込んでくる。


ふっと彼は表情を和らげた。

封印されてどれくらい経つかはわからないが久しぶりの外だ。少しくらいそれを味わってもいいだろう。

彼はしばらくの間、風を感じながら窓際にたたずんでいた。


***


「おにさーん」


幼子が駆け寄ってくる。


「今日も来たのか」

「うん。あそぼ!」

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