1-5

末端とはいえ、彼も鬼の端くれだ。使役するには相当な力量が必要だ。

正直使役されるとは思っていない。だから一度だけ試したいという求めに応じた。

名誉がほしいわけでもなく、戦力がほしいわけでもない。

その言葉に嘘は感じられなかった。

そして、使役できてもできなくてもどっちでもよさそうだった。

だがどこか必死さを感じた。

どうにもちぐはぐだ。

それが少し気になった。


「じゃあ始めるね」


わざわざ一言告げてから女が術の行使を始めた。

見えない鎖が身体にゆっくりと絡みついてくる。

精緻せいちな力の使い方だ。

だがまだ弱い。これなら引きちぎれる。

もう少し様子を見ることにした。

徐々に見えない鎖が強固になり、絡みついてくる力が強くなっていく。

少し身動みじろぎして鎖を緩めれば、女の眉間にきゅっと皺が寄る。だが息にも声にも揺らぎはない。素直に感心する。

緩めた分は即座にとはいかないが、ゆっくり確実に戻され、ますます絡みつきが強くなる。


なかなかの力量だ。

さてどうするか。

使役されるつもりは毛頭ない。

今なら破れる。

なかなかの力量を持っているようだが、恐らく鬼を使役するほどの力量はないのではないだろうか。

そしてそれを彼女自身わかっているのではないか。

だからこその試してみたいだけという発言だったのだろうと思われる。

できないとわかった時点で術を解くつもりなのではないか。

彼女も怪我をするつもりはないと言っていた。

それならば、力ずくで破らずとも術を解くのを待ってもいいのではないか。

力ずくで破れば彼女に術は跳ね返る。使う力が大きければ大きいほど跳ね返る力も大きくなる。

それがわかっていれば無茶はしないはずだ。

攻撃はしないとは言ったが、抵抗はするとも伝えてある。

あとはどの時点で諦めるかを見定めつつ、諦めるように揺さぶればいい。


そう考えたのが油断に繋がったのだろう。

不意に女が少しだけ唇の端を上げて笑った、気がした。


「……通り名を"織部"、」


聞こえてきた言葉にはっとする。

拘束する力が強くなる。

だが通り名だ。多少拘束力が強くなるだけで、完全に拘束する力を持っているわけではない。

しかし今のうちに抜け出さなければまずいことになると本能が告げていた。

気遣いなどしている場合ではない。

力ずくで拘束から抜け出そうとしたが、時既に遅かった。


「真名を"ーー"、」


途端に拘束が今までの比でないほどに強固となる。身動きできない。


「その真名において我がしもべとなれ」


術が収束する。

そして、彼は魂に鎖かけられ、使役されたのだった。


***

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