青春は憧れとともに
たまぞう
青春は憧れとともに
20歳になる前くらいのこと、僕に彼女が出来た。
高校を卒業して働き始めた職場で初めての彼女だ。
みんなが青春を迎えるっていう中学生のころに僕の生活はガラッと変わって、それからの僕は抜け殻のように生きてきた。
今の職場も正社員じゃない。小さい頃は朧げでも夢とか希望とか持ってたはずなんだけど、それもその頃に落として来たらしい。進学だ就職だと周りが励んでいる時に、僕は先生に怒られない程度にのらりくらりと躱して、就職活動も面接に行くだけ行って落とされるだけで切り上げた。
そんな僕は卒業後に今で言うニートなんていうものになって、当時普及し出したばかりの携帯電話でブラウザゲームなんかしたりして過ごしていた。電話番号は家族の分しか登録されてない。
自分でもよく分からなかった。言い訳すると中学も高校も友達がいない訳ではなかった。むしろ学年中どのクラスにもいた位だった。ただそれは学校にいてるときだけの限定だけど。
家に帰れば家業の手伝いばかりだ。遊びに行く事なんて許されない。自然とクラスメイトとの会話にもついていけなくなる。あそこのゲーセンが、とか。昨日のカラオケ、とか。
僕が参加していない、出来ない話が出るほどに距離を置いて来た。すると友達と定義されるはずのメンバーというのはクラスメイトや同級生でしかなくなり、知り合い程度に落ち着く。
諦めてからは楽だった。学校内の話題だけであればそこに混じる事は構わなかった。僕のそんな些細な対応の違いに気づかないで仲良くなる女子も毎年いた。危うく恋に落ちそうな子もいたけど、それも学校にいるうちだけだったから、ちゃんと知り合い程度で終わる事が出来た。
友達が出来ないわけじゃない。友達になれないだけだ。僕自身が誰かの友達には。
そんな中学高校時代を過ごして、夢とか希望とかいうのを失くしたままの僕は少しのニート期間を経て、フリーターへと進化した。
なぜニートだったか?高校卒業して就職するくらいはわけなかった。けど、精一杯の反抗だったんだと思う。大人の言うことを聞いて、友達のいない子供時代を過ごすことになった事への。
少なくとも良い子でいた僕が働きもしないニートになったことは彼らにとって予想外で何かを訴えることは出来たのかも知れない。
不毛な時間は降り積もって僕を苦しめた。だから、フリーターになってその苦しみから抜け出したんだ。
そんなどうしようもない僕に彼女が出来た。
実に恐ろしい話だ。彼女はごく普通の女の子だ。
きっかけは2月の例のイベント。日本国をあげての一大キャンペーン。全国の男子諸君がチョコを買いづらくなるあれだ。
周りはもう冷やかす冷やかす。大丈夫ですよ、既に僕の心は冷えっ冷えですから。当たり前じゃないか。彼女はごく普通の女の子なんだ。
ごく普通に青春時代を過ごして、ごく普通に可愛くて、ごく普通に正社員なんだ。僕にないものばかりのごく普通の女の子なんだから。
普通で平凡。ああ、僕にはそれほどに羨ましいものはない。普通の家庭に生まれて、ふた親がいて、学校で学んだあとは遊びに出たりアルバイトなんかしたりして、ね?駅前のハンバーガー店で集まって、味なんかはどうでもいいんだ、楽しければ。
世の中では何故か普通であることが最低ラインみたいになっているけれど、それって10段階あるうちの5か6ってことなのかな。上があれば下もたくさんあって、そのうちの真ん中。僕からすれば優秀も優秀。大手を振って大衆の中に混ざれるんだから。
僕には出来なかった。子供が独力で出来る事じゃなかったんだ。親の方針なら仕方ないじゃないか。地元ばかりじゃなくなった高校時代にそれは顕著になった。仲良く話してる友達のはずの子の会話が知らないものだった時、僕が1人だって気付かされたんだ。
気づいて思い知らされて近づくこともしなくなった普通。
そんな普通を両手にかかえたような子が僕の彼女だなんて!!
周りにはすぐにバレた。だって義理チョコに混ざって僕のだけ違うんだからさ。
これでも学校内においてだけであれば友達(笑)の多かった僕だ。職業内の仕事のことだけであればコミュニケーションで不足することはない。むしろ真面目な良い子を印象づける事には成功していたといえる。
対してごく普通の彼女は、やはりごく普通に人気者で年長者からも可愛がられ、そうでなくても周りの男子からの評判も良いんだ。
受け取った瞬間に確定したようなもの。私生活での繋がりのない僕には縁がなく高校時代にそういった経験も当然のようになくって(春頃に近づいてきた女の子も学年の終わり頃には僕への興味をなくすのだ)、2月にだって平気でチョコを買って食べていた僕にとっては完全な不意打ちだった。
その不意打ちは世間ではありきたりのイベントで、僕らを冷やかす人たちにとっても、普段からの彼女の視線に気づいていたらしく、いよいよと期待が高まる出来事だった。
携帯電話に新しいアドレスが増えて、メールをしたり長電話したりすることが日常になって、僕にもとうとう春がきたんだ!なんてならなかった。相変わらずの心の中は真冬の小樽くらいだ。
それはのちに北海道に行った時に小樽のなんて事ない歩道でツルッと滑って転んだ恥ずかしい経験によるイメージだけど。
せっかく最低から抜け出す気になって始めたフリーターの仕事だ。そこの人間関係ともなればこれから先の分岐点とも言えるだろう。
相手が答えを待っているのは明白。これをずるずると引き伸ばして3月の例の日にまで持ち越すか?いや、あり得ない。真冬の寒さにそこまで耐えられるほど僕の心はホットではない。
では断る?それこそあり得ないだろう。彼女は人気者で、もしかしたら他に彼女を好いている人もいるかも知れないが、表向きはさっさとくっつけと言わんばかりの状況が先日から続いている。
なら受けるしかない。そうだろうそうだろう。こんなに普通に可愛い彼女なんて、普通を夢見て憧れた僕には眩しいくらいで手に入れないなんて罰当たりだ。
答えはOKだ。早速仕事終わりに待ち合わせをしてそういう空気にもっていこう。思い立ったが吉日と言うし。
結果は当然として付き合う事になった。ここで実は勘違いでフラれましたって言うオチもアリかも知れないが、冒頭に彼女が出来たと、書いてあるんだからその結果は変わらない。ここにどんな伏線も罠もなく、至って普通に彼氏彼女の関係となった。
彼女といた時間は退屈しなかった。駅前のハンバーガー店も仕事終わりのカラオケも流行りのプリクラなんてのも撮ったり大阪の某テーマパークにいったりして、それはまるで僕が出来なかったあの頃の青春を取り戻すかのような日々だった。
その日々はひと月で終わりを迎えた。別に悲劇なんてものは無い。僕がフラれただけだ、予定通りに。
凍えた心は暖を取ることさえ拒絶していたんだ。
だから、待ち合わせをして、ご飯を食べて、良い雰囲気になって、彼女から告白するように仕向けた。
付き合うのは確定事項で、避けられないのなら付き合えばいい。その上で僕がフラれれば良いだけの話だ。
ここで大事なのは僕がフラれる側だと言うこと。だって分かるでしょ?そんな普通に可愛い女の子をフったなんて知られれば、それこそ居づらくなるに決まっている。
そして僕は他人と距離を置く事に関しては、高校時代から実戦せざるを得なかったプロだ。いや、セミプロくらいかも知れないが、経験者だ!
予定通りにフラれる。それも彼女から告白された上でフラれる。哀れな男と思われど、非難される立ち位置ではないだろう。
僕は少し悲しそうな空気を醸し出して出勤する。何も言わなくても数日のうちに周りに知られて、いつしか誰もその事には触れないようになる。
僕は慣れている。人と距離を置く事に関しては慣れ過ぎている。いつしか遊び方も分からなくなった事には驚いて悩みもしたけれど、慣れている。1人には慣れてしまっている。
彼女は付き合う前と同じように振る舞い、僕も付き合う前と同じように振る舞う。人間関係なんてそんなものだろう?
ともあれどうやら僕は居場所を失わずに済んだらしい。今日も今日とて商品を並べて接客する仕事をこなす。僕が守った居場所なんだから。
彼女と過ごしたのはひと月ほどでしかなく、それはまるであの頃に僕が欲しくて欲しくて手に入れられなかった青春そのものだった。
ごく普通の彼女にとってそれは特別じゃなくごく普通の男女がする事でしかなかったのだろう。
もともと別れるつもりでしかない彼女にした事はささやかなフレンチキスだけだ。なにも奪ってもない。手以外の肌にも触れてはいない。けれど彼女は僕に遅まきの青春をおすそ分けしてくれたんだ。
その青春は凍りついた心には熱すぎたから。付き合う前から終わらせ方ばかりを考える非人間には眩しすぎたから。これで良かったんだ。僕にとっても、彼女にとっても。
強いて言えば、自分から告白して勝手にフるなんて言う事をさせてしまった事だけは済まないと思っている。僕はあんなに体験させてもらったのに。
2月は春と呼ぶにはまだ寒かったんだよ。あの頃の凍えた心は別れた後は渇き切った大地になっている。誰の優しさも染み込んでは消えていくだけ。愛を語れない。信じられない渇いた心。
あの頃の僕よ。凍えた心はもう少し、信じて待てば春の陽気が溶かしてくれたのではないか。そんな言葉ももう届かないか。そんな心はすでに砕いて奥深くに押し込めてしまったのだから。
青春は憧れとともに たまぞう @taknakano
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