開戦編
第8話 グライヴィッツ襲撃事件
1939年8月31日、その後の世界を大きく揺るがすことになる大事件が世界で最も高い木造構造物として知られるグライヴィッツのラジオ塔で起きた。
「――――だけでなく、ポーランド回廊の放火もドイツによる仕業である。今、我々の国家が、主権が失われようとしているのだ!このまま座して崩壊を待つだけでいいのか!?どんな些細なことでもいいっ!小さなストライキでも構わない!我々は断固としてドイツに対し行動を起こさなければならないのだ!」
昨日逮捕されたばかりのシレジア人であるホニオックは、後頭部にワルサーPP を突きつけられながら用意された原稿を震える声で読み上げた。
「御苦労だったな」
冷ややかな声でナウヨックスが言うと彼の部下が二人がかりでホニオックの身動きを封じた。
「お、俺は解放されるんじゃなかったのか!?」
拘束から脱しようとホニオックは身動きをとる。
「もちろん解放するとも。同じドイツ系人種であっても分類で言えばシレジア人であるお前をこの生きづらい世の中からな」
冷酷な笑みを浮かべたままナウヨックスワルサーPPを再び突きつけた。
「やめてくれ!!俺は、お前たちのために尽くしただろ?な、なぁ……頼むよ?頼むからっ!」
ホニオックは、涙混じりに訴える。
「それもそうだな。解放してやれ」
ナウヨックスは、顎をしゃくって部下に指示するとニヤリと笑った。
「か、解放してくれるのか!?」
ホニオックがナウヨックスの方へと振り向く。
「なーんてな?」
振り向いたその顔へとナウヨックスは躊躇いもなく引鉄を引いた。
室内に響く二つの相反する音。
乾燥した破裂音と直後の鈍い音。
そして流れ出る多量の血。
「任務だ、俺は恨むのはお門違いって奴だな」
ナウヨックスは鼻で笑うと部下と共にラジオ局を後にした。
◆❖◇◇❖◆
グライヴィッツにおける事件も含めて、ヒムラー作戦と称される一連のドイツによる工作はその翌日、ドイツに対するポーランドの不当な攻撃であると発表され遂にポーランド侵攻作戦が発動されるに至った。
「ラジオ局の襲撃、ポーランド国内におけるドイツ人迫害、16箇条の要求への無回答……か。ヒトラーもよくここまで用意したな」
リンドホルムは、ドイツ国内で活動する諜報員からもたらされた情報にため息を漏らした。
「そしてポーランド侵攻の影響は我が国にも波及しています」
ハンソンが書類をリンドホルムへと手渡した。
「今日の議題か……」
リンドホルムは渡された書類へと目を通す。
「議論するまでもなく結果は決まっているだろう」
「ですが議会でも取り上げるあたり、英国やフランスに倣いたいという意思の表れなのでしょうね」
9月1日にポーランド侵攻作戦が発動されるとその2日後の9月3日、英仏はドイツに対し宣戦布告した。
ポーランドに保障を与えているが故の行為なのだが、このことはスウェーデン王国軍の青年将校、さらには国民を大いに刺激していた。
「我が国が義勇兵を送れば、次の標的は間違いなく我々となるだろう。なぜそこがわからん!?」
「それが人間の情というものなのでしょう」
この時、二人はまだ知らないのだがスウェーデン国内で囁かれていた「義勇兵を送れ」の世論はドイツ側が仕組んだものだった。
リンドホルムが首相の座に着くと共産主義を掲げる反対勢力や、親ナチの組織の一掃が図られた。
その際にドイツへと亡命した親ナチ組織が再びスウェーデン国内へと舞い戻りドイツの支援を受けながら以前より、ドイツによるポーランド侵攻を仄めかし「義勇兵を送れ」という世論を少しずつ拡大させていたのだった。
「とにかく、何がなんでも義勇兵の派遣の話は揉み消す。我々スウェーデンが生き残るためにそんな話はあってはならない」
リンドホルムは、厳しい口調で言った。
しかし、その日の午後に執り行われる議会の場で事件は起きることになる――――。
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