第7話 戦争の足音

 「――――スウェーデン海軍の理性的な対応は、評価に値する素晴らしいものだった。我が国とスウェーデンとを隔てるバルト海が今後ともその波のように平穏であることを切に願う」


 ドイツ艦隊のスウェーデン領海侵入によりスウェーデン沿岸艦隊が出動した一連の騒動についてヒトラーは、こう声明を発表した。


 「抗議しても取り合って貰えそうにないが、我らの領土、領海、領空を侵す勢力に対しては断固として対応するという意思は示せたな」


 リンドホルムは、海軍参謀総長であるヨハンソン海軍中将より事の次第について報告を受けると、納得した表情で言った。


 「あのヘボ画家と意見の一致をみることに些か抵抗を覚えるが……彼の言うとおりで、今回の海軍の対応は見事だった」

 「恐縮です」


 物腰の柔らかいヨハンソンは、そう言って頭を下げた。


 「これからもスウェーデンの主権を守るため、貴官ら海軍には奮闘してもらう事になるだろうが引き続きよろしく頼む」

 「国王陛下のために、国民のために粉骨砕身働く所存です」


 ヨハンソンは、海軍帽を目深に被ると敬礼した。

 歳をとって現場を離れ後方にいてもなお、彼は海軍軍人だったのだ。


◆❖◇◇❖◆


 スウェーデン空軍の制空戦闘機がハリケーンのライセンス生産機になり、一定数揃い始めた頃、戦争の足音はもうすぐそこにあった。

 1938年9月29日、スデーテン地方のナチスドイツへの譲渡を強制するミュンヘン協定に、イギリス首相ネヴィル=チェンバレンの対独宥和政策のもと参加国全てが調印したのだった。

 それから戦争への歯車は急速に回転し始め

 チェンバレンがミュンヘン協定において成果とした「今後、重要なすべての外政的行動の際、ドイツは、イギリスと話し合って取り決める」という項目があったのだがこれを快く思わないヒトラーは、それに対する復讐として1939年3月、コードネーム『緑の件』を最終段階に移すのだった。

 3月14日にブラチスラヴァでスロバキア共和国、さらに同日カルパティア・ルテニアも独立させヴォロシンを首班とするカルパト・ウクライナ共和国が成立させた。

 そのカルパト・ウクライナに対してハンガリーが攻め込む形でチェコスロバキア共和国は消滅したのだった。

 ヒトラーがミュンヘン協定を無視する形でチェコを保護領とし、スロヴァキアを独立させて影響下に置いたことに、イギリス政府は驚愕したが、宥和政策を変えることはしなかった。

 ヒトラーの魔の手が次に伸びる場所がポーランドであることに気付いたイギリス政府は、ポーランドに対して独立保証かけることとした。

 一方でソ連のスターリンは、英仏と共に拡大するナチス・ドイツの抑え込みを考えていたが、ミュンヘン会談には招聘されず加えて、英仏がヒトラーのズデーテン併合を容認したことに強い不信感をもっていた。

 1939年5月、ノモンハン事件を機にドイツと戦端を開くことは不利と悟ったスターリンはヒトラーに急接近し、1939年8月、独ソ不可侵条約を締結。

 いわゆる「M=R協定」を結んだことで世界を驚かせた。

 それはヒトラーに行動の自由を与えることとなり、同年9月遂に世界は第二次世界大戦へと突入するのだった。

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