第6話 バルト海危機2
「敵艦隊、一斉に回頭します!」
見張り員の緊迫感を孕んだ声が艦橋にいた誰もに緊張を伝播させた。
「艦長、敵戦艦まっすぐこちらに突っ込んできます!」
「針路このまま!」
敵艦隊が衝突コースを取ってきたがトルステンソンは、断じて退かない姿勢をみせることにした。
「戦艦の主砲、本艦に指向している模様!」
「砲手に再度伝達しろ。間違っても撃つなとな!」
トルステンソンがいつになく厳しい口調で言った。
やがて二つの艦隊の距離は、五〇〇〇を切った。
「所属不明艦隊、針路そのまま!」
「本艦も針路このまま!」
「しかし、これでは衝突します!」
「それでもお前は、王立海軍の男か?ここで退くことは我が国がドイツに舐められることと同義!断じて針路変更をするな!」
トルステンソンは、既にドイツ艦隊の狙いを察していた。
このまま衝突する針路を取り続け、スウェーデン沿岸艦隊に発砲させようとしているのだと。
ここでスウェーデン沿岸艦隊が退けば、それをいいことにドイツ艦隊はそこにつけ込むだろうことも理解していた。
それ故に変針はしなかった。
「各砲塔、戦艦に対して指向させろ!」
「駆逐艦戦隊は如何しますか!?」
「同様にするよう伝えおけ!」
トルステンソンは、もちろん砲撃戦にならないことは頭では理解していたが、さりとて気を抜ける状況ではなく強い口調のまま命じた。
トルステンソンの指示によって、旗艦ゴトランドの前部にある15.2cm連装砲、単装砲2門がシュレスヴィヒ・ホルシュタインへと指向された。
輪形陣を形成する駆逐艦四隻もまた、ボフォースの12.8cm単装砲を同様に指向させる。
「さぁ、どう出る……ドイツ艦隊!」
一歩も退かず真っ向から立ち向かう姿勢を見せた沿岸艦隊に対してドイツ艦隊の動きに変化はない。
「距離二〇〇〇!正面の艦隊、変針せず!」
環境の誰もが進行方向上の戦艦を見つめる。
「針路このまま」
トルステンソンは、静かに言った。
政権がリンドホルムに変わりスウェーデンは、生まれ変わろうとしている。
トルステンソンは、まさにそれを体現しようとしていた。
新しい政権は、新しいスウェーデンは、ドイツがどんな強国だろうと決して屈しないのだと。
「敵艦、距離千五〇〇!」
シュレスヴィヒ・ホルシュタインを先頭に立てその後方に軽巡洋艦『ケーニヒスベルク』、駆逐艦『パウル・ヤコビ』、『テオドール・リーデル』、『ヘルマン・シェーマン』からなる単縦陣もまた、受けて立つとでも言わんばかりに変針することはなかった。
「艦長!このままでは衝突します!」
「大丈夫だ。必ず連中の方が折れる!」
ドイツ海軍は、予算がつかないために一隻たりとも失いたくは無いはずだ。
故に、必ず土壇場で舵をきって躱すだろう。
それがトルステンソンの考えだった。
「距離一〇〇〇!」
艦橋の全員が固唾をのんで見守るなか、エンジン音と波をかきわける音だけが艦橋の中を支配した。
嫌になる程の長い時間が訪れ、限界距離を迎えたとき――――
「敵艦、取り舵!」
見張り員のその言葉で艦橋内に張り詰めていた緊張感が一気に解けた。
「避けてくれたか……」
内心賭けだったが……とトルステンソンが安堵に胸を撫で下ろしたとき、大きな砲撃音が響いた。
「敵艦発砲!」
「どの艦に対してだ!?」
「わ、わかりません!」
ドイツ艦隊とすれ違い、進行方向右手を全員が見つめる中、赤色の着色弾がスウェーデンの領海外で赤い水柱を上げた。
それは、シュレスヴィヒ・ホルシュタインの放った40口径28cm連装砲によるものだった。
「焦らせてくれるな……」
トルステンソンが通り過ぎて行ったドイツ艦隊の後ろ姿を睨むと最後尾の駆逐艦が光った。
「ドイツ艦隊より発行信号!バルト海の平穏と貴艦の航海の無事を祈る、です!」
トルステンソンはそれを聞くと鼻で笑った。
バルト海の平穏を乱しているのはお前らだろうが、と。
「送り返してやれ!航海の無事を祈るとな」
トルステンソンは、そう言って椅子に腰を下ろすのだった。
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