第5話 バルト海危機
―――1938年5月、エーランド島沖―――
複数の所属不明艦艇が領海内に侵入しているとの報告をエーランド島の監視所から受けた沿岸艦隊司令部は、すぐさま航空巡洋艦『ゴトランド』とイェーテボリ級駆逐艦『イェーテボリ』『ストックホルム』『マルメー』『カールスクルーナ』の四隻を急行させた。
「航空機、発艦用意!」
エーランド島沖に形成した輪形陣の中央で、トルステンソン海軍大佐は、領海侵犯した所属不明艦隊を捜索するべく偵察機を出すことにした。
偵察機といっても、ホーカーハートという複葉の複座軽爆撃機であるから、他国の持つような水上偵察機という訳ではなかった。
時間をかけて『ゴトランド』が搭載する八機のホーカーハートのうち、三機を射出した。
視界状態が芳しく無いがために偵察機を飛ばしたわけだが、それから僅かに時間が経つと敵艦隊発見の報が偵察機より打電された。
『針路1−7−0に大型艦艇1及び巡洋艦1駆逐艦3隻を確認!!』
これが、打電の内容だった。
スウェーデン沿岸艦隊の隻数と同じ数の艦隊が南を航行中だったのだ。
巡洋艦やそれ以上のクラスの艦艇を保有する国ともなれば特定は容易だった。
「我々の領海を侵犯したのはドイツ海軍艦艇と思われる。このこと、セイガーハウスに伝えろ」
トルステンソンは、最高権力者であるリンドホルムにお伺いを立てることにした。
『トルステンソン君かね。報告は先ほど聞き及んだ。海軍司令部と協議をする時間を取りたいところだが、その時間が今は惜しい。よって私の独断で命令を出す。敵の追撃を行い領海の外まで退去させろ。ただし火器の使用はこれを硬く禁ずる。敵が発砲するまで撃つな』
無線通信機の向こう、リンドホルムはドイツ海軍艦隊を敵と明言して強い口調で言った。
『全力を尽くします!』
受話器を持たない片手でトルステンソンは、海軍式の敬礼をした。
「航海士!敵の現在地を特定できるか!?」
「はい、すでに!!」
トルステンソンがリンドホルムと話している寸刻の間にも偵察機から連絡は届いていた。
「現在位置から針路を1−5−3に取れば所属不明艦隊と接触します!!」
「よし、針路を1−5−3に取れ!!」
『ゴトランド』を中央に配置した輪形陣は、南南東へと針路をとるのだった。
𓂃𓊝𓄹𓄺𓂃𓊝𓄹𓄺
「所属不明艦隊確認!」
観測員の声が艦橋に響いた。
「そうか!」
双眼鏡を覗き込んだトルステンソンは、声を失った。
「敵の大型艦は……戦艦か……?」
ドイツ海軍艦隊は、単縦陣を組み悠々とスウェーデンの領海内を航行していた。
「誰か!あの正体がわかるやつはいるか!?」
トルステンソンは、その船の正体を知らなかった。
「あの艦型は、おそらくシュレスヴィヒ・ホルシュタインです!」
通信士が手近な乗組員から双眼鏡を借りると覗き込んで言った。
「練習艦としてのキールの港にいたところを昔、見た記憶があります!」
シュレスヴィヒ・ホルシュタイン――――それは、ドイツ再軍備宣言により任務に復帰したドイツ戦艦の名前だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます