第4話 オーストリア併合

『あなたは1938年3月13日に制定されたオーストリアとドイツ国の再統一に賛成し、我々の指導者アドルフ・ヒトラーの党へ賛成の票を投ずるか?』


 3月12日、ドイツ軍がオーストリア国境を越え、ドイツへの併合を拒むオーストリアへの進駐を開始した。

 1938年3月13日、ザイス=インクヴァルトはオーストリアを新たなドイツの州・オーストリア州とする法案「ドイツ国とオーストリア共和国の再統合に関する法律」の起草と署名をヒトラーの前で行った。

 翌月の4月10日には独墺両国でアンシュルスを問う「国民投票」が行われ97%の合邦賛成票を得たと報道された。

 第一次世界大戦により滅んだオーストリア=ハンガリー二重帝国では、領土において特に工業生産力の高いチェコの独立を許すこととなり、経済的に酷く弱体化していたオーストリアでは、大ドイツ主義によるドイツとの合併に国力回復の希望を抱くものが多かった。

 加えて1932年の地方選挙において、オーストリア・ナチスは右派集団である護国団を上回る実力を見せていた。

 これに焦った護国団の一部はクーデター計画を立てたものの失敗したことによって、保守的及び反共的な考えを持つ人々の支持がナチスに移り始めていたこともまた、オーストリアにおいてアンシュルスを支持する国民が多かったことの理由だろう。

 しかしこの発表は、ノルウェーが正式にスカンディナヴィア軍事同盟への加盟を発表したことに沸いていたリンドホルム内閣、をそしてスウェーデン国民の心胆を寒からしめた。


 「オーストリアが併合されたとは……」

 「ドイツ系住民保護の名目とはいえ、やはり強引なように思えます」

 「我々スウェーデン国民は、その大半がゲルマン民族、もしかしたら連中の触手は我々にも伸びてくるかもしれん」


 リンドホルムは、国内のドイツ化を想像したのか肩を竦めて身震いした。

 何しろ、国内のファシスト勢力を社会主義勢力と共に弾圧してしまっていたので、併合されようものならリンドホルムを含むリンドホルム内閣に留まらず知識人階級が処罰される可能性は極めて高かった。


 「そうなったとき現状の軍備では太刀打ちできないですね」

 「そうなると外交での解決ということになると思うのだが……我々にとれる外交手段は軍事協定、貿易、このいずれかだろう」


 軍事協定を結ぶとなれば、ドイツの意向につまりはヒトラーの意向に沿った路線での舵取りが求められることになる。

 スカンディナヴィア軍事同盟の主導国となった今、それは最悪の選択肢とも言える。

 スカンディナヴィア民族の独立維持のための軍隊という目的とは程遠い軍隊となってしまうことは間違いない。

 すると残る選択肢は、貿易によるヒトラーのご機嫌とりとなるわけだが、ドイツへの外交依存度が高くなることもまた喜ばしい事とは言えない。


 「現在、ドイツから鉄鉱石の輸入量を増やしたいという打診が来ていますが……」


 遠慮がちにハンソンが言うとリンドホルムは、腕組みをした。


 「将来的に間違いなくドイツは我々の脅威となり得る。そんな連中の助力となる行為をしていいものか……」


 膨らむ軍事費をカバーする貿易の利益も魅力的だ。

 だが、輸出した鉄鉱石は間違いなくドイツの軍備拡張に使われる。

 それを考えると輸出量を増やすことに即答で了承することは出来ない。

 それ故に――――一つの解決策へとたどり着いた。


 「ハンソン、ドイツの要求は無視し続けろ。連中が戦争を吹っかけてきたときに使う最後の切り札に取っておけ」

 「しかし、良いのですか?」

 

 ハンソンは、ドイツの要求を断ったことを理由にドイツから宣戦されるのではと危惧した。


 「それは無い」


 リンドホルムは断言した。


 「なぜなら、奴らの掲げる東方生存圏の拡大に際して邪魔なのは我々スカンディナヴィア諸国家ではなくソ連だからだ」

 「それに、このスカンディナヴィアに手を出せば泥沼は必定。ソ連との戦争を視野に入れつつあるだろう彼らに我々と戦争する余力は無いさ」


 この見通しが甘かったことを二年後には痛感することとなるのだが、それはまだ先のことだった。

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