第9話

   ちよこ2

 私達の通う中学校の校舎の裏には、なぜ取り壊されないのか不思議な位の古ぼけた建物が存在する。正面には立ち入り禁止の立て札があり、生徒の誰一人として、この建物が何かに使用されているのを見た事がないと言う。茶色にくすんだ壁や窓を緑の蔦が覆い、中がどうなっているのか見る事すら出来ない。

 この一体いつから、なんの為にあるのかも、わからない建物にはずっと伝わっているらしい伝説がある。好きな人と両想いになれるようにお願いした時、建物の屋根の天辺にある風見鶏が1回転すると両想いを願った相手と永遠に結ばれるというものだ。

 でも先月あった台風の日でさえ風見鶏は1回転どころかピクリとも動かなかったらしい。たぶんもう錆び付いてしまっているのだろう。この風見鶏伝説は消えそうになると、新しい噂が生まれ、私達生徒の間で話題になり続けている。

 この中学校で、出遭って付き合い始め結婚した女の人が告白の前、両想いになれるようお願いした時に、風見鶏が回っただとか、最近では同じクラスのアキラ君が佳緒に告白する前に、風見鶏の回るのを見たと言っていた。

 あんなイケメンにそんな風に告白されたら、それが嘘でも恋に落ちてしまうんじゃないだろうか。佳緒ならアキラ君みたいなイケメンと並んでも本当に絵になるもんなあと、そんな事を思う。

 なんとなく周りに合わせた格好をしている私や、ギャル系とヤンキーの間の服装を行ったり来たりしている尚美と違い、派手な服装をしている訳じゃないのにいつも凄くお洒落だ。道行く人が振り返るほどの容姿に、性格でも悪ければストレス解消の悪口の対象にでもなるのだろうけど、私は生まれてから佳緒ほど魅力的な性格の子に会った事がない。

 一諸にいるとよけいに比べられてしまい、嫌な思いをする事もあるけど、それでも私は佳緒とずっと友達でいたいとそう思う。私が風見鶏の伝説について考えていると、急に近づいてきて、背後から私の肩の上にあごをのせ尚美が話しかけてくる。 

「なにまた何か考え事しちゃって、頭で考える前に行動だよ、行動、命短し恋せよ乙女なのだよちよこ君!大体ちよこは消極的すぎんだよねえ、この前、私がせっかく理想ピッタリの人紹介してあげたのに、もう二度と会わないって勝手な事、言うしさ」

 自分にない物を求めて、確かに私は尚美に、信念があって、周りの目とか気にしないで行動する人がタイプだと言ったけど、尚美が無理やり紹介するからと言って連れてきたのは、特攻服をきたヤンキーだった。共通の話題もまったく見つからず、警視庁24時にモザイクで出演した話をずっと聞かされた苦い思い出が残っている。

「私の心配する前に、尚美こそ彼氏作ればいいじゃん」

「あっ下の名前で呼ばないでよね、私は千秋、千秋ちゃんでしょ!ほら私くらいの恋愛の達人になると、中学生なんか相手にしてらんないわけよ、アキラ君クラスなら考えるけど、それでも同い年はなあ、それにアキラ君とか運動も勉強も出来て、イケメンで家は金持ちとか出来すぎてて、ちょっと怪しいし、それにアキラ君って私や佳緒とか可愛い子にだけ優しい気がするんだよね」

 親が大ファンで名づけられたという、大御所、演歌歌手と同じ読み方の名前を嫌う尚美が、実は密かにアキラ君に憧れていた事を思い出し、軽い口調で話しを合わせる。

「そう言えばアキラ君、私にも優しい気がする」

「ふーんじゃあ可愛い子にだけ優しいって言うのは、やっぱり勘違いか…それに私の狙いは同い年のガキなんかじゃなく、来週から来る教育実習生という大人の男性に絞られてるのだよ」

 私に対してどこまでも失礼な尚美が、少しでも凹むようさっき聞いたばかりの情報を教えてあげる事にする。

「尚美しらないの、うちのクラスに来る教育実習生、女の人だよ』

「えっ嘘でしょー!」

 大袈裟に頭を抱えて悔しがる尚美を見て、私も尚美も彼氏とか当分出来そうにないなと、自然と笑いが込み上げて来た。

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