第7話

 佐藤7

 ずぶ濡れで家の前に立っていた僕をおばあさんは、あの日と同じように家に入れてくれた。佳緒から預かったと言い、手紙と綺麗に包装された小包を渡してくれる。

『この手紙があっちゃんに伝える事が出来る、佳緒からの本当に最後の言葉になります。あっちゃんが今までの人生で一番幸せだった事は何ですか?

 佳緒はあっちゃんと一諸に美容院に行った事です。あっちゃん私が美容師のお兄さんと楽しそうに話してたらやきもち焼いて、将来自分が美容師になって他の人には佳緒の髪を絶対に触らせないって言ってくれたよね。あっちゃんとの思い出はどれも宝物のように輝いているけど、一番嬉しかった事は何だろうと考えると、やっぱりあの日の事が頭に浮かびます。佳緒はずっと自分自身が大嫌いだったけど、あっちゃんが名前を呼んでくれたあの日から好きになる事が出来ました。

 あっちゃん本当は、自分の事、名前で言う女の子とか嫌いだよね…でも佳緒はそれがわかってても直せなくなる位に、あっちゃんのおかげで自分の名前を好きになる事が出来ました。あっちゃんなら絶対に女の子たちを素敵に変える事が出来ると思うから、夢を叶えて世界一の美容師さんになってね、約束だよ。本当の本当にあと一つだけ!あっちゃん佳緒を好きになってくれてありがとう」

 佳緒から贈られた小包を開けるとそこには革のシザーケースと大当たりもう一本と書かれたアイスの棒が入っていた。

「佳緒の頼みを聞いてくださって本当にありがとうございます」

 目の前のおばあさんが、とても優しい目で僕を見ている、どこまでも優しいまなざしのその人に心配をかけないように、精一杯の笑顔で感謝を伝える。

「若いうちから無理して笑う事を覚えたらいけんよ、悲しい時は泣けばいいんじゃから」

 おばあさんはそう言うと僕の頭にそっと手を置く。

僕は泣いた。叫ぶように。近所迷惑な僕の頭をおばあさんは僕が泣き止むまで、ずっと撫ぜ続けてくれた。

自宅への帰り道、自転車を引きながら、ポケットにアイスの棒を大事にしまう。雨はいつのまにか止んでいた。

僕は一人じゃない365通の佳緒からのメールと直筆の手紙を読み、佳緒からの動画を再生する日々が僕に再び生きる力を与えてくれた。

雲の切れ間から覗く青。佳緒を想い、空を見上げそっとつぶやく。

「ねえ佳緒、僕は佳緒といると大好きな物がどんどん増えていったんだ、駅前の自転車置き場、海の家の焼きそば、まんまるのお月様、二つに割れるアイスとか…すべてがキラキラした色で今も輝いているんだよ」

世界一の美容師だろうが、総理大臣だろうが、何にだってなってやる。僕が佳緒との約束をやぶった事なんて、今で一度だってないんだから。

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