第6話

  佐藤6

『七月七日』佳緒からの最後のメールが届いた。メールを開く事が出来ないまま、長い時間が過ぎていく。佳緒は誰よりも優しくそして残酷だ。僕は二度最愛の人との別れに直面することになる。

 怯えにも似た気持ちで携帯のボタンを押し添付されていた動画を再生すると、画面の中の佳緒は病室のベットの上で、いつもの寝巻き姿ではなく、空色のワンピースを着て座っていた。

『あっちゃん今日は佳緒とデートしよう。佳緒初デートで行った海にまた二人で行きたいな!一緒に食べた焼きそば本当においしかったよね今日もまた食べようね』  

 短い映像が止まる。365通の佳緒からのメール全てが届いた…

 窓を開けると空を厚い雲が覆っている。家をでて自転車に飛び乗り、佳緒と行った海に向かってがむしゃらにペダルを漕ぐ、ポツポツと降り出した雨が僕の大量の涙を誤魔化してくれる。汗と雨と涙でTシャツがびしょ濡れになった頃、佳緒との思い出の海に僕は辿り着いた。

 土砂降りの中、周囲の店は全て閉まっているのに、佳緒と行ったあの海の家だけが、降り込んでくる雨を無視するかのように、営業中の旗を立て、昼なのに薄暗いその景色の中で灯かりを灯し浮かび上がっている。

「いらっしゃい」

店に近づくと、あごひげを生やし、がっちりとした見覚えのある、おじさんが、満面の笑顔で僕を迎え入れてくれた。

 店内に僕以外のお客さんは誰もいなかったのだけれど、お店自体に染み付いているのか、香ばしい油の香りが漂っていて、前来たときと同じように、壁面には薄茶色に変色したメニュー表が変わらず貼られていた。

「君が佐藤君だろ?良かったよ店開けといて、この雨だろ、来ないかとも思ったんだけど、あの娘本当に必死だったからなあ~来年の七月七日に佐藤君って子がきたら渡して欲しいってお母さんに連れられてきた子から手紙を預かってね、絶対渡してあげようと思って朝から君の事待ってたんだよ、あの可愛らしい彼女は今どうしてんの?」

「去年病気で…」

 そう一言だけつぶやくと、おじさんは一瞬だけ驚いた表情で僕を見た後、預かっていたという手紙を渡してくれる、封を開けるとそこには佳緒の字。

『あっちゃん覚えてる?海で遊んだ後、帰り道で雨が急に降り出してきて、知らない家の軒下で雨宿りさせて貰っていたら、その家のおばあちゃんが風邪ひくからって中に入れてくれた事。私達にお孫さんの為に作った浴衣まで貸してくれて…

 二人とも疲れてたのか家に連絡もしないで、おばあちゃんの家で朝まで眠っちゃったよね、お父さんとお母さんには散々怒られたけど本当に楽しかったなあー。

 佳緒、新しいお母さんに怒られたの、この時が初めてだったんだ。どれだけ心配したと思ってんのって声出して泣いてくれて、思えばお母さんにわがまま言えるようになったのこの時からのような気がします」

 大事な手紙の上に涙が落ち文字が滲む。

「奢りだ食ってきな」

 そう言っておじさんが出してくれた湯気の立ち上る焼きそばは、佳緒と二人で食べたあの日よりちょっとしょっぱく、あの日のように温かかった。

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