第5話

  佐藤5

 窓さえ開ければ、春の風が草花の香りを僕の部屋にも平等に運んできてくれる。どんなに悲しくても、どんなに辛くても喉は渇くのだなあと、そんな事を考えながら、冷蔵庫から出した良く冷えた炭酸に口をつける。そういえば佳緒は炭酸のジュースをいつも涙目になりながら飲んでいた。苦手なら飲まなきゃいいのにと僕が笑う度に、でも炭酸好きなんだもんと、ちょっと拗ねた顔をして僕を睨んだ佳緒。

 佳緒のことを考えていると、携帯がメールを受信する。毎日が佳緒からのメールをみることから始まり、夏、秋、冬、春と季節が変わっていき、今の僕は全てのメールを見終わる事を何よりも畏れている。

 メールに添付された動画を再生すると画面に、病室のベッドの上に正座した佳緒が映る。佳緒の首元には、勿体無いから大事な時だけつけると言って、いつも嬉しそうに眺めるだけで、なかなかつけてくれなかったお月様の形をした首飾りがかかっていた。

『あっちゃん、佳緒はだんだん思うように動かなくなる身体の不安から、最近あっちゃんにワガママばかり言ってしまっている気がします。

 昨日も佳緒がして欲しい事なら何でもしてくれるって言ったあっちゃんに佳緒お月様が欲しいって言っちゃって…あっちゃん少し困った顔した後にわかったって言ってくれて、佳緒そのすぐ後に薬のせいか眠っちゃって、夜になって目を覚ました時、まだ夢をみているのかと思った。だって天井が星で埋め尽くされてるんだもん!

 あっちゃん肩車して佳緒にお月様をプレゼントしてくれたよね。

 佳緒、平気だよって強がってたけど本当は死ぬのが怖くて怖くて堪んないんだ。だって死んじゃったら、もうあっちゃんと会えないんだもん。この動画を佳緒、心配しすぎてこんなの撮ってたんだよって、あっちゃんと笑いながら観れたらいいなあ』

 佳緒の願いなら何でも叶えると、そういつも言っていたのに…急いで買いに行ったオモチャのプラネタリウムと満月モチーフの首飾り、人によっては子供騙しだと笑われてもおかしくないような僕の行為。セロテープで天井に貼った首飾りに手を伸ばしながら佳緒があの時言ってくれた言葉を思い出す。

『暗闇だから辛い状況だから、こんなにも輝いてみえる物があるんだね』と…

 あの時、佳緒を肩車しながら自分の泣き顔が見られないように俯いていると、佳緒は僕の頬を後ろからそっと包み上を向かせ目が会うと泣きながら微笑んでいた。

 携帯画面の中の佳緒が、あの日あの時とまったく同じ表情で僕をみている。

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