第0章 Prologue

1.

 『白い孔雀White peacock』。その名が広まったのはいつの頃だっただろうか。優艶な孔雀の中でも一際高貴と賞されるその白さは、どんな血にも染まらない。ある者はそんなものは伝説だと言笑げんしょうし、またある者は世界を変える一筋の光であると遊説ゆうぜいした。しかし、少女の目にその出来事はあまりにも鮮明で、今も脳裏に焼き付いて離れない。乾いた夜の香りと、せ返る血の香りと。人々の喧噪と、空をつんざく悲鳴と。どこまでも黒い闇と、青年の白銀の髪と。妖しく光る明星あけぼしと、凛烈りんれつと輝く琥珀色の瞳と。少女の記憶の中で眠る大きな白い手と、彼女の頭をそっと撫でた温かな褐色の手と。爆風に揺れる衣服と、風に揺蕩う孔雀の羽と。伝説では語りきれないさやかな感度が、少女の心で息づいていた。『白い孔雀White peacock』…それは噂でも説話でもない。確かに存在する美しい青年の異名。

 

 あの日少女は確かに、『白い孔雀White peacock』を見た。

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