エール?

放課後、買い出しの為に秋吉さんと待合せをする事になった。

(秋吉さんが織田君とのカラオケを断って、買い出しに付き合ってくれる。なんでだろう?)

 待合せ中に頭に浮かんだ考えで、胸が高鳴っていくのを感じた。

 カラオケが嫌い……それはない。秋吉さん、友達と良く行っているし。

 買い出しが好き……それもないと思う。

 もしかして僕の事がす……流石にないか。

婆っちゃの家の近所に住んでいた源さんが言っていた。『女に好かれているかもって思ったら、一回冷静になれ。大抵、勘違いか自惚れなんだよ。そこを間違えると大恥をかくんだ。女に好かれているかもって言う自惚れは、男の恥だ』……あの時、恋路と武田さんの話を偶然聞いてなきゃ、大恥をかく危険性があったんだよね。

織田君の事が嫌いになった。これならおかしくない。織田君は他の子に現を抜かし過ぎて、呆れたって所だと思う。

ここで大事なのが源さんの言葉。織田君の事を嫌いになったからと言って、僕を好きになるとは限らないのだ。

もしくは僕一人に買い出しを任せるのが心配だって考えるのが妥当だと思う。

 恥をかくのは良い。でも、皆に迷惑を掛けるのは嫌だ。

(自惚れるな、信吾。お前は秋吉さんに惚れられる様なスペックじゃないんだぞ)

 軽く頬を叩いて、高鳴った気持ちを鎮める。


「信吾君、お待たせ。今日行く場所は前と違うマンションなんだよね」

 徹の話だと制服だと悪目立ちする所らしい。場所は駅のすぐ側で、マーチャントスーパーも近いとの事。

 だから最寄り駅で待合せしたんだけど。


「うん、警備の関係でどうだこうだ言っていたけど……ここじゃないよね?」

(徹の奴、正体を隠さなくても良くなった途端、これかよ)

 見ただけで分りる。前回のマンションより数段グレードが高い。

それに、駅側ってレベルじゃないぞ。隣接している上に一階がマーチャントスーパーなんですが。


「……住んでいる世界が違い過ぎだね。祭、大丈夫なのかな?」

 徹、秋吉さんがドン引きしているんだけど……でも、芸能人リュウヤがいるしな。


「桃瀬さんもそうだけど、徹ってかなり有名人らしいんだ。セレブの息子が人気の女子アスリート選手を招いて、高級マンションて食事会……そんな風に書かれたら、ネットで荒れそうだし」

そこに人気アイドルRも同席するんだし。もっともセレブの息子とおるは、女子ももせさんアスリートの事を、彼女の友達としか思っていない。

 でも、そんな言い訳がマスコミに通じる訳がないし。


「あのマーチャントグループだもんね。でも信吾君って、庄仁君のお家を利用しようとか、得しようとか思わないでしょ?」

 秋吉さんに言いたい事がある。僕が利用できる程、徹は甘くないぞ。むしろ利用されている側だし。


「友達だからって言えれば格好良いんだろうけどね。なんだかんだて徹に助けてもらっているし」

 名納の件なんて徹がいなかったら詰んでたし。林間合宿や調理実習もそうだ。

 僕は、徹や竜也に助けてもらってばっかりだ。


「祭、信吾君に感謝していたよ。庄仁君って中学の時、お金目当ての人しか寄って来なかったんだって。だから、いつも信吾君達の事を嬉しそうに話しているみたいだよ」

 普段、そんな素振りも見せない癖に……でも。


「それは嬉しいな。でも、なんか夏空さんの惚気っぽいね」

 夏空さんって、あんまり惚気るイメージないんだけど。


「ぽいじゃなく、惚気だよ。祭、庄仁君の事を話す時、甘々なんだって。恋愛なんて興味ないって感じだった癖に、キャラ変わり過ぎ」

 それは秋吉さんにしか見せない顔だと思う。

(秋吉さんは、僕の事をなんて言っているんだろう?)

 買い出しに付き合ってくれるんだから、悪口は言っていないと思う。


「そろそろ行こうか」

 マンションのセレブオーラに気圧されていたけど、このままじゃ埒が明かない。


「そうだね。この間の警備員さんがいてくれたら、助かるんだけど」

 秋吉さんの言いたい事は、良く分かる。いや、警備の人はいるんだよ。

 でも、前みたいに人の良さそうなおじさんじゃなくて、SPって感じの人達なんです。


「話は通っていると思うんだけど、声を掛けづらいね」

 秋吉さんと話をしていたら、一人のSP?さんが近づいて来た。敵意はないんだと思うけど、物凄い迫力です。


「良里信吾様と秋吉実様ですね。こちらへ、どうぞ」

 ……徹、信じているぞ。信じているけど、このままヤバい所に連れて行かれないよね?


 ……まじか。連れて来られたのは違う意味でヤバい所でした。


「どんな層に向けて作ったんだろうね?」

 映画のセット?それとも上流階級のお食事会?パーティールーム並みの広さのリビング。うちのレストラン並みの設備が揃ったキッチン。


「本当に、こんな部屋あるんだ。テレビの中だけかと思っていた」

 秋吉さんも呆気に取られている。確実に言える事は、ホットプレートはそぐわないって事だ。


「新聞紙かビニールを敷かないと調理どころか食事も出来ないね」

 いや、プロのハウスクリーニングの人がいると思うんだけど、世界が違い過ぎてまとに動けません。


「祭、本当に大丈夫なのかな?今度、庄仁君のご両親とご飯食べるみたいなんだ」

 前に義斗兄ちゃんに言われた付き合ってからが大事なんだぞって言葉が頭をよぎった。

(ここで僕等が委縮していたら、夏空さんも気後れしちゃう。この部屋に負けない料理……は無理でも一瞬でも忘れられる料理を作るんだ)

 徹の家は、ここよりもっと豪華だ。でも、今のままだと、夏空さんは食事が喉を通らないと思う。

でも、この部屋で楽しくご飯を食べられたら、少しは勇気が持てると思う。


「だったら、ランチ会で自信をつけてもらおう。でも、僕一人の力じゃ無理だ。秋吉さんも力を貸して」

 秋吉さん、桃瀬さん、結城さん……夏空さんの友達がいれば、部屋の空気に呑まれない筈。


「流石は、私の信吾君。私達で祭にエールを送ろう」

 うん?どういう事?とりあえず今は料理に集中しよう。

 今回買った食材 卵・鮭・キャベツ・人参・うどん・栗の甘露煮・モッツァレラチーズ・鶏肉・椎茸・かまぼこ・サモダシ・糸コン・油揚げ・大根・海老等々。

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