僕の価値

 なんで怪我って、時間が経つ程痛むんだろう?まあ、まだ三日しか経っていないから、仕方ないんだけど。

完治は無理にしても楽になってくれたら有難いのに。

(もう少しで秋吉さんが来るな。先にトイレに行っておくか)

 秋吉さんは、一緒にいる時にトイレに行こうとするとついて来るんです。心配なのは分かるけど、かなり恥ずかしい。

そろりそろりと、動く。慎重に動かないと、全身に痛みが走る。でも、あまり遅いと、限界値を迎えてしまう。

痛みを堪えながら、ドアを開けて無事にトイレへ。

(今日は探と、照山さんが来るんだよな)

 探はともかく、照山さんとはそこまで親しくない。お見舞いに来てもらうのは、少し申し訳ない気がする。


 うん、そういう事だったのね。


「信吾君、まだ痛そうだね。でも、手を出さなかったのは、正解だよ」

 探の話によると、僕が反撃しなかったから、恋路達が百パーセント悪いで押し切れたらしい。


「でも、これで学校が静かになるね。あいつ等、弱い癖に調子に乗って騒ぐんだよね。その癖、さぐさぐがいると、借りて来た猫みたいになるの」

 ……照山さん、完全にお出掛けモードな服装です。なんでも、この後探とデートとの事。

 照山さん、探と比べたら大抵の人は弱くなります。


「紅葉、今日はどこに行くの?」

 秋吉さんが、微妙にそわそわしている照山さんにパスを出す。

 僕か秋吉さんが言わなかったら、帰り辛いもんね。

(やっぱり、パートナーなんだな。照山さんの気持ちを汲んでいるんだ)

 僕も見習わなきゃ。


「横浜だよ。中華街に行って、山下公園を歩いてゴンドラに乗って夜景を見るんだ!」

 そして嬉しそうに予定を話す照山さん……あの探が横浜デート!?中学までは、僕と同じモテない組だったのに。

 ……半年で、こんなに差がつくとは。


「事務所の人から勧めれてさ。そうしたら紅葉も行きたいって言うから」

 僕の視線に気づいたのか、探が言い訳し始めた。探偵事務だけあり、従業員の皆様はデートスポットに詳しいそうだ。

 なんでも、浮気調査でデートスポットに行く事多いとの事。


「探、移動時間を考えると、そろそろ動いた方が良いんじゃない?折角の良い天気なんだから、楽しまなきゃ」

 我ながらナイスパスだと思う。でも、その良い天気なのに、秋吉さんは僕の看病をしてくれている訳で……どうやって埋め合わせしよう。


「そうだよ。私達の事は気にしないで……紅葉、後から感想とか色々聞かせてね」

 秋吉さんは女の子だ。ロマンチックな事に憧れるんだろう……秋吉さんが、一緒にゴンドラに乗りたい相手……やっぱり、織田君なんだろうか。


 探と紅葉は、二人に言われるまま、信吾の家を後にした。滞在時間は約十分。お見舞いとしては、微妙な時間だ。


「こんなに早く帰って良かったのかな?」

 探はデートの話をしたから気を使わせたのかと、申し訳ない気持ちになっていた。


「気にしなくて良いよ。実から『早く二人っきりにしろ』ってオーラがでまくっていたし」

 信吾は、実が紅葉に気を使って早目に帰したと思っていた。確かに、その気遣いもあった。

割合としては、約三割。残り七割は、実際は紅葉の言う通りである。信吾との二人っきりの時間を確保したかったのだ。


「そっか……信吾君にも幸せになって欲しいな」

 にもの所に力を入れて、言外に紅葉と二人でいれて幸せだとアピールする探。

 信吾は同レベルだと思っているが、探の方が何倍も上手であった。


「ねえ、さぐさぐ。良里君って、なんであんなに鈍いの?実、好き好きオーラ出しまくりだよ」

 紅葉は祭達から聞いていたが、予想を上回るデレデレぶりであった。


「鈍くはないよ。紅葉は、ラーメンやうどんを見て美味しそうだと思うでしょ?でも、小麦粉を見て美味しそうだとは思わないよね?」

 頷く恋人もみじを見て、探は続けた。


「信吾君は自分の事を小麦粉……下手したら、小麦粉の袋だと思っているのさ。僕は、男としての魅力が皆無だってね。だから秋吉さんが、自分を好きになる事はないって決めつけている。それに秋吉さんには、イケメンの幼馴染みがいるんでしょ?」

 無論、探にとって信吾は大事な友達だし、魅力がゼロだなんて思っていない。

 しかし、友達として良い奴がモテない事も知っている。

 

「織田?実は、あの八方美人の勘違い野郎の事を嫌っているよ」

 正義の話題になった途端、顔をしかめる紅葉。彼女がバドミントンを辞めた遠因は、織田正義にあるのだ。


「信吾君ってね、人の良い所だけを見ちゃうんだ。食材の長所を見つける料理人みたいにね。もっと自信を持って良いと思うんだけど、一番の取り柄である料理も、身近にお爺さんやお父さんがいるし」

 その二人は全国トップレベルの腕を持っているのだから、高校生の信吾と比べる事自体が間違っているのだが。


「胸を張って好きって言える自信か……実も色々あるからな」

 紅葉も同じ中学校だったので、正義の取り巻きの事を知っている。『幼馴染みだし、当然正義の事を好きでしょ』と決めつけて、実に強制してくる。

 少しでも実が正義から離れたら『誰かにいじめられたんじゃない?』と大騒ぎしまくるのだ。それが純粋な好意から来ているから、たちが悪い。


 徹達は付き合ったばかりの恋人。探達は、付き合い初めの恋人……どっちも幸せオーラを出しまくっていた。


「おっ、信吾。きちんと急所を守っているじゃないか。偉いぞ」

 今日は義斗兄ちゃんと雪華さんが来てくれた。


「誉めるとこじゃないでしょ?信ちゃん、まだ痛むの?」

 徹や探みたくデレデレって感じはしないけど、義斗兄ちゃん達からは穏やかな幸せが伝わってくる。


「大分楽になりましたよ。明日には、料理が出来ると思います」

 もう四日も包丁を握っていない。腕が落ちていく感じがする。何より、料理が出来ない僕に価値はないと思う。


「だーめ。まだ、無理しないで下さいってお医者さんに言われたでしょ?」

 すかざす秋吉さんに却下されました。少し位なら、良いと思うんだけど。


「なんだ?もう、尻に敷かれているのか。信吾らしいちゃ信吾らしいけど」

 そう、言って笑う義斗兄ちゃん。僕は兄ちゃんの方が、尻に敷かれていると思うけど。


「実ちゃん、その調子よ。職人って生き物はね、限度を知らないの。誰かが近くで手綱を握っておかないと、限度を超えて動くんだから」

 雪華さんの駄目出しに苦笑いする義斗兄ちゃん。困った顔をしているけど、どこか嬉しそうだ。


「凄く良く分かります。信吾君も『休んでいてね』って言っても、料理の本を読みだすんですよ」

 凄くに力を籠める秋吉さん。ランチ会のメニューの参考にしたかったんです。


「信吾、身体は職人の資本だぞ。自分で大丈夫だと思っても、傍から見たら無理しているって映る事がある。大事な仕事なら、多少の無茶も必要だけど、今はその時期じゃないだろ?……焦らなくても、大丈夫だって。お前、中学の時よりずっと良い顔しているぜ」

 義斗兄ちゃんは、そう言うと僕の頭を撫でてきた。それを見て笑う秋吉さんと雪華さん。

 穏やかで優しい時間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る