二人の時間は何時まで?
朝七時、身体の痛みで目が覚めた。多分、痛み止めが切れたんだと思う。
不幸中の幸いで、後遺症が残る様な傷はないらしい。
(皆に迷惑かけちゃったな)
自然と溜息が漏れる……昨日から、自己嫌悪に陥っています。
父さん達に叱られると思ったけど、心配はされどもお小言は無し……マーチャントグループ効果って凄い。
(目が覚めたけど、なにしよう……とありえず、薬飲まないと。先ずは朝ご飯作らなきゃ)
気合を入れてベッドから立ち上がる……それだけなのに、凄く痛い。
いつもなら仕込みを手伝うんだけど、今の僕が感染源になる危険性がある……きちんと治るまで、厨房には出入り禁止となりました。
そして夏休みも、残り僅かだ。その貴重な時間を僕の看病に使うなんて、秋吉さんに申し訳なさ過ぎる。
料理の勉強をするって言えば、秋吉さんも納得してくれると思う。
断りのライソを打とうとしたら、ドアがノックされた。
「信吾君、おはよう。はい、ベッドに戻る……酷い怪我、絶対にあいつ等許さない」
僕が開ける前にドアが開き、そこにいたのは秋吉さん……約束の時間には、まだ早いんですが。
「お、おはよう。こんなに早くどうしたの?」
確か九時に来る約束なんだけど……それに玄関に鍵が掛かっている筈。
「庄仁君が『信吾の事だから、目が覚めたら飯仕度だ、なんだって動きまわると思う。秋吉さん、良かったら早めに行ってもらえる?』って。鍵はおばさんにライソして開けてもらったの」
流石は徹、僕の行動をお見通しなんだね。なんか外堀を埋められている感じがします。
そして母さん、いつの間にライソ交換何てしたの?
「そ、そうなんだ。朝ご飯まだでしょ?今、何か作るね……痛っ」
店の厨房は出入り禁止だけど、家の台所は使っても問題ないと思う……なによりジッとしているのが苦手なんです。
秋吉さんは無言で僕をジッと見ていたかと思ったら、深いため息を漏らした。
「こーら、なんで私が来たか分かっているの?信吾君を看病する為だよ?怪我人は大人しくベッドで寝ていなさい」
それはそうなんだけど、何か食べないと薬は飲めないし。
「でも、何か作らないと食べるの物ないし。簡単な物を作るから大丈夫だよ」
痛みを我慢すれば何とかなると思う。手にビニール袋を被せれば、感染を防げる筈。
「だーめ。お弁当作って来たから一緒に食べよ。お昼と夕ご飯は店長さんが賄いを作ってくれるって」
僕と秋吉さんが休む間の賃金は、マーチャントグループが出してくれるらしい。
「なんか、皆に迷惑掛けちゃったね」
朝から自己嫌悪に陥っていたのは、これが原因だ。もう少し上手く動いていたら、店や秋吉さんに迷惑を掛けずに済んだのに。
「迷惑なんて一言も言っていないでしょ?私が怒ったのは、誰にも何も言わないで危ない事をしたからだよ……いつから庄仁君の事を知っていたの?」
確かにそうだでけど、あの時はそんな事を考える余裕がなかったと言いますか……うん、皆が見つけてくれなかったら、もっと大きい怪我をしていたかも知れないんだよね。
「一学期の終わり位かな。その時に、徹から『祭に聞かれたくなかったんだよ。家の事とか抜きにして好きになって欲しいし』って言われて。何となく、その気持ちが分かったから言えなかったんだ」
竜也の件もあるけど、あっちはもっと言えない。もしも世間にバレたら、マスコミが大騒ぎするし、織田君以上に竜也が人気者になってゆっくり休めなくなる。
「信吾君も庄仁君も鈍いなー。本当にマーチャントグループの事が嫌だったら、祭は旅行もデパートも行かないよ。祭はホテルやデパートがマーチャントグループ系列だって知っていたし、それを抜きにしても庄仁君と一緒にいたかったんだよ」
良く考えたらネットで検索すれば、直ぐに分る事だ。バレていないと安心していたのは、僕と徹だけだったのか。
「そうだよね。二人の仲が険悪にならなくて良かったよ」
もし、あれで徹が振られていたら、骨折はしていないけど、骨折り損のくたびれ儲けだ……場を和ませる為に言ったら、また怒られそうです。
「祭もおじさん達も永年の悩みから、解放されて喜んでいたよ。祭は事情聴取も兼ねて、庄仁君の家に挨拶に行くんだって」
確かに夏空さんは、今回の重要人物だ。でも、それって事情聴取って言うより……。
「マーチャントグループ会長の家か。物凄い家なんだろうな」
確実に大豪邸だ。僕なら絶対に緊張して一言も喋られないと思う。
「それよりご飯食べよ。美味しくないかもしれないけど一生懸命作ったんだから」
まさか僕が手作り弁当……しかも好きな女の子が作ってくれた物を食べられる日がくるとは。
秋吉さんが持ってきてくれたのは、いわゆる保温ジャー。秋吉さんパパが釣りに行く時に使っている物らしい。
「凄いな。これ全部秋吉さんが作ったの?」
豆腐の味噌汁・卵焼き・小さいハンバーグ・ジャガイモの煮っ転がし。どれも柔らかく、刺激が少ない食べ物だ。口の中が切れているから、これは助かる。優しい気遣いが嬉しい。
「スマホを見ながら頑張りました……はい、あーんして」
そう言うと秋吉さんは卵焼きを、僕の口に近づけてきた……痛いから夢ではないって分かるけど、夢みたいな展開です。
「ひ、一人で食べられるよ」
嬉しいけど、流石に照れ臭い。何より、これ以上秋吉さんの好意に甘えるのはアウトだと思う。
「怪我人は大人しく言う事を聞きなさい……はい、あーん」
良いんだよね?食べさせてもらっても罰当たらないよね。
「あ、あーん……うん、凄く美味しいよ。やっぱり家庭の味が一番なんだよね」
僕が作る料理は、あくまで外食用。毎日食べたら飽きる味だ。
「本当に?プロのお世辞じゃないの?」
でも、秋吉さんはなんだか嬉しそうだ。出会った頃の僕なら『これなら織田君も喜ぶと思うよ』とか余計な事を言っていたと思う。
「本当だって。僕は家庭の味に餓えているって言うか……毎日、食べたい味だよ」
……失敗した。毎日食べたい味って、プロポーズみたいじゃん。絶対に引かれる。
「本気にしちゃうよ?次は何食べたい?」
本気にしちゃう……勘違いするな。絶対に料理の味に付いて言ったんだ。
「ハ、ハンバーグが食べたいな」
良く考えたら、今は部屋に二人っきりなんだよね。いや、一週間二人っきりなんだよね。まさに天国です。
「信吾君、スマホが鳴っているよ」
お邪魔虫め……でも、こんな早い時間に誰だろ?
「この音はライソか……秋吉さん、見てもらっていい?」
見られてやましいライソは……ない筈。
「良いの?見ちゃうよ……お
秋吉さんは、そう言うと僕にスマホを渡してくれた。秋吉さんはご機嫌斜めだけど、僕は嬉しい。
「そっか。徹と夏空さんは二人で来てくれるんだ……仲がこじれないで良かったー」
これで骨折り損にならずに済んだ。肩の力が抜けた感じがする。
「信吾君は優しいね……また鳴ってるよ」
結果、三日目に探と照山さん。四日目に義斗兄ちゃんと雪華さん。五日目は竜也と徹、それに夏空さんと桃瀬さんがお見舞いに来てくれる事になりました……二人の時間が激減です。
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