誰の為に?

 何発、殴られたんだろう?あれから時間が、どれだけ経ったのかも分からない。

 分るのは、身体中が痛いって事だけ。


「おい、いつまで遊んでいるんだ?祭が終わっちまうぞ」

 名納が苛立った感じで叫ぶ。そうか、夏祭りが終われば、こいつ等が現れても意味がなくなるんだ。

(ガードを固めて。足をふんじばって……明日、働けるかな?)

 正直、包丁を上手く持てる自信がない。


「ま、待って下さい。今、ぶっ飛ばしますんで」

 沖田君にぶっ飛ばされるのか……でも、もう時間は十分稼いだ。探が上手く動いてくれていると思う。


「この馬鹿信吾っ!身体を張ってヒーロー気取りか?お前に惚れる女なんている訳ねーだろ!」

 恋路、それは僕が一番分かっているよ。だから、ここ守らなきゃいけないんだ。僕に出来る事は、これだけなんだし。

 気合を入れ直しいて、ガードを固める。次はもっと強く殴られる筈。でも、いくら待っても、誰も攻撃してこない。


「本当、馬鹿信吾だよ。こんな事してもらって、俺が喜ぶと思ったのか?」

 なぜか徹の声がした。駄目だ!名納と徹を合わせたら。


「信吾君、大丈夫?……僕の、僕の大事な友達を……絶対に許さないからな」

 今度は竜也の声だ。駄目だ、竜也はここにいちゃ駄目だ。二人を帰さなきゃ。


「二人共、早く戻って。ここは僕がなんとかするから」

 徹と竜也は、才能に恵まれた凄い奴等で、僕の大事な友達なんだ。絶対に守らなきゃ。


「信吾君、そんなボロボロの身体で言っても、説得力がないよ……名納、お前はもう終わりだよ。お前は、絶対に敵にしちゃいけない人に喧嘩を売ったんだ」

 探が僕の身体を支えてくれていた。探が、ここにいるって事は、全部バレてしまったって事?


「なんであたいの大事な人を巻き込むのさ!やっと、やっと好きな人が出来たのに……あんたの玩具にならないからって、こんな酷い事をして」

 夏空さんが泣いている。結局、僕は何も出来なかったんだ……とんだ間抜けだ。


「離せっ、俺は社長の息子なんだぞ。俺に何かしたら、マーチャントグループが黙っていないからな」

 大きな声がしたので、見てみると名納達が拘束されている。あれは前に会った法務部の人達だ。

 その中の一人が徹に耳打ちをする。


「ああ、黙っていないさ。こんな事が世間にバレたら、イメージダウンどころじゃ済まないんだぞ……この後始末は……一連の後始末は、どうなさるおつもりですか?名納社長」

 徹の視線の先にいたのは、真っ青な顔をした中年男性。絶望に打ちひしがれていて、一生の終わりの様な顔をしている。


「パパ、こいつ等に言ってやってよ。うちは権力があるんだって」

 名納がパパと呼んでいるから、あの人が噂の名納社長なんだろう。

 横目で夏空さんを見てみると、事態が呑み込めずポカンとしている。

 今まで悩まされてきた黒幕が、あんなにしおれていた当たり前か。


「馬鹿者っ!この方はマーチャントグループ現会長のご子息であられる庄仁徹様だぞっ!おれが社長だからって、つけ上がりおって」

 言っちゃった。これで徹の恋は終わりなんだろうか?結局、僕がやった事は無意味を通り越して、独りよがりな行動だったんだ。


「嘘でしょ?……徹がマーチャントグループの……」

 驚きの余り茫然としている夏空さん。お願い、徹を嫌いにならないで……名納と違って、金持ちだけど良い奴だから。


「嘘だろ?それなら、そいつも一緒じゃないか。こいつ等はマーチャントグループの社員なんだろ?会長の息子だからって、こんな事させて良いのかよ!」

 悪足搔きにしか聞こえない訴えをする名納。恋路達は自慢の後ろ盾が崩れ落ちた所為で、茫然としている。


「会長の息子だから、動いたんだよ。お前が屋台で暴れていたら、どうなっていたと思う?スマホで撮られて、世間は大騒ぎ。株価は急落、業績は悪化。経営者の息子なら、どんな手を使っても阻止しなきゃいけない事態なんだよ」

 前回は竜也達のお陰で、大事にならずに済んだ。何より恋路達はマーチャントグループの名前を出していなかった。だから、学生同士のトラブルで済んだのだ。


「徹様、この事は内密にしてもらえませんか?息子には厳しく言い聞かせますので」

 多分、名納社長も、それで済まない事は分かっている。分かっているから、必死に徹に縋っているんだ。


「もう遅いですよ。既に父がこちらに向かっています。これだけの事をして、何もなしで済ませられる訳がないでしょ?関係機関への謝罪、補償。場合によってはマスコミへ報告しなくちゃいけない……社でも訴えますからね……俺も転校になる可能性もあるんだぞ」

 何回か見たビジネスマンモードだけど、どこか悲しそうだ。

(徹が転校?なんでだよ!何も悪くないのに)

 でも、周りはそう見てくれないかもしれない……もし、夏空さんに嫌われたら、徹も辛いだろうし……何か言わなきゃと思っていたら、誰かが徹の側に駆け寄っていった。


「徹、一体どう言う事なの?それに転校って、なんだよ!色々黙っていて、勝手に決めて……あたいには何も言わない……言わせないで行くつもり?」

 夏空さんは泣いていた。色々あったけど、彼女は徹に行くなって言っている。


「悪い。隠していた事は謝る。家の事を抜きにして、評価してもらいたくなったんだ。だから、余計に言えなくなって……お前、マーチャントグループの事嫌いだろ?」

 ビジネスマンモードが消え、必死に弁明する徹。固唾を飲んで見守る法務部の皆様。名納達が空気過ぎます。


「勝手にあたいの気持ちを決めるな!だったら、好きにさせれば良いじゃないか……あんたと会ったあたいにみたいにさ」

 徹も夏空さんも顔が真っ赤だ。いくら徹が鈍くても、流石に分るだろう。

(良かった。徹の気持ちが伝わったんだ)

 僕がした事も無駄じゃなかったんだ。


「良かった。これで無事解決だね……探、一人で歩けるよ」

 まだ痛むけど、なんとか歩ける。


「無事解決?何言っているの?僕達は信吾君に言いたい事が山程あるんだよ。そうだよね、徹」

 竜也が怒っている。心配掛けたし、一人で突っ走った事は反省しています。


「全くだ。でも、その前にお前を一番心配していた人に謝れ」

 一番、心配していた人?探ではないよね。


「良里も素直に謝った方が良いぞ……かなり怒っていたし」

 夏空さん、もう徹に同調するんですか?切り替え早くない?


「しーんごくーん。馬鹿、馬鹿、馬鹿。凄く心配したんだから……こんなになって……本当に馬鹿なんだから」

 照山さんと一緒にやってきた秋吉さんが、僕の所に駆け寄ってきた。その目には涙を一杯浮かべていた。


 マーチャントグループって、凄い。名納達は、黒塗りの車でどこかへ連れて行かれた。

 そして、会長自らやって来て夏空さん一家に陳謝。混乱しまくりの夏空さん一家。

 僕はと言うと……。


「本当に信じられない。あたしに一言教えてくれても良いじゃない?」

 マーチャントグループ系列の病院で治療を受けた後、秋吉さん……だけじゃなく皆に叱られています。

 心配掛けたのは謝るけど、おかしくない?


「いや、なんか頭が真っ白になって、僕がなんとかしなきゃって思って……心配かけてごめん」

 秋吉さん、泣いていたし素直に謝った方が良いと思う。


「その前に誰かに頼るべきだったと思うよ。なんで一人で突っ走ったの?」

 竜也もあきれ顔だ。空気が重い。この空気を変えるのは、少し笑いに持っていった方が良いと思う。


「ほら、僕モテいないし、彼女が出来る可能性は低いでしょ?だったら、徹の恋を守らなきゃって思って……痛い!秋吉さん、なんでつねるの?」

 僕、怪我人なんだよ!今の何がアウトだったんだ?


「ここまで鈍いと実に同情するわね」

 溜息を漏らす照山さん。僕、意外と他人の気持ちに敏感な方なんですけど。


「信吾君らしいって言うか、なんて言うか……僕は信吾君持ちのランチ会で手を打つよ」

 竜也、現役アイドルじゃん。僕よりお金稼いでいるよね?……そのアイドル生命が終わるかも知れないのに、来てくれてんだよね。


「その鈍信吾に伝言だ。うちを通して、お前の店と話した結果、一週間はバイト禁止。その間の保証はマーチャントグループが出す。でも、店は忙しいから、誰かが信吾を見なきゃいけない。だから秋吉さんに、その馬鹿の看病をお願いして良い?」

 流石は天下のマーチャントグループ。話が早い……秋吉さんが僕の看病?

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