それぞれの決意

 恋路達が店に来る前に何とかしないと。

(時間を稼げば探が来てくれる。僕が足止めするんだ!)

 不幸中の幸いで、僕はこの辺りの地理に詳しい。バイトの送りが、こんな形で役に立つとは。


「秋吉さん、ちょっと用事が出来たから、少し離れるね」

 徹の恋は守りたいけど、秋吉さんを巻き込む訳にはいかない。

 店に来る前に気付かれたたら、騒ぎになる。だから恋路達は人通りが少ない道を選ぶ筈。

 ……多分、あそこだ。そこは秋吉さんが近づかない方が良いよと教えてくれた裏路地。


「……信吾か?まさか、僕がお前達を倒すなんて寝ぼけた事言わないよな」

 予想通り、恋路達は裏路地からやって来た。来たのは恋路と沖田君、そして軽薄そうな男、あいつが名納なんだと思う。


「喧嘩をする気はないよ。でも、ここを通す気もないけどね」

 心臓がバクバクする。今まで喧嘩なんてした事がない。義斗兄ちゃんに特訓?をさせられた事はあったけど、三人相手に勝つのは絶対に無理だ。


「おい、話し合いで解決とか言うんじゃないよな?お前の所為で、俺は停学になったんだぞ。名納さん、あいつが良里です」

 沖田君が僕を睨んでくる。

 いや、僕の所為じゃなく、自分達が馬鹿な事をしたからなんだけど……絶対に、話は通じないよね。


「うわっ、お前等こんなダサい奴に負けたの?情けねーな。俺は名納、洋食屋をしているんなら、うちの親父の事を知っているよな?あのマーチャントグループ傘下の肉問屋の社長なんだぜ」

 自慢げに言っているけど、直ぐ近くにグループ代表の息子がいるんですけど。


「うちとは取り引きはないですけど、お名前なら聞いた事がありますよ」

 肉問屋としてじゃなく、お馬鹿な親子って形で名前を聞いたんだけど。


「だったら、そこをどけよ。お前ん所みたいなしょぼい店がマーチャントグループに逆らったら、どうなるか分るだろ?」

 恋路、それ脅迫だよ。会長の息子とおるが聞いたら、激怒するぞ。


「分かった。お前、秋吉に格好良い所を見せたいんだろ?どかないと、織田にお前の事をチクるぞ。『良里が、俺の親友の恋を邪魔した』ってな。あいつ、単純だから絶対に信じるぜ。そうしたら、お前は一発で秋吉に嫌われるぜ」

 あれ?沖田君って織田君と仲良くなかったっけ?あれだけ仲良くしていて、裏ではそう思っていたんだ……ひくわー。


「相変わらず、身の程を知らないんだな。運動神経の悪いお前が喧嘩で俺達に勝てる訳ないだろ?……どけよっ!」

 身の程知らずか……確かに、そうだ。僕が、秋吉さんと恋人になれる訳がない。

 でも……。


「はい、そうですかって通す訳ないだろ?僕は絶対にここを動かない」

 僕の恋は叶わなくても、徹の恋を叶える事は出来る。

 この路地はかなり狭い。僕が動かなければ、恋路達は通られない。両足に力を入れて、兄ちゃんに教えてもらった防御の姿勢をとる。

 

「ならボコって、どかすだけさ。お前等、やっちまえ」

 名納の合図と共に、恋路達が僕に殴り掛かってきた。


 同刻、端堤探は夏空精肉店の前にいた。


「間に合ったか?……すいません、信吾の奴はいますか?」

 息を切らしながら、話し掛ける探。その顔には緊張の色が浮かんでおり、ただ事ではない事が伝わってくる。


「信吾君ならさっき用事が出来たって出て行きましたけど」

 実の言葉を聞いた探の顔が瞬時に青ざめる。家業を継ぐ為に、様々な勉強をしてきた彼はそれだけで何が起きたのか察したのだ。


「端堤さん、何があったんですか?」

 それは徹も同じで探の顔色を見ただけで、緊急事態だと察した。


「信吾君に何かあったんですか?紅葉は何か知っているの?」

 実が遅れてやってきた元相方もみじに問い掛ける。探は信吾との約束を思い出し、口を開くのを躊躇った。探偵を目指す身としては、依頼者の内容をおいそれと話す訳にはいかないのだ。


「名納が……手下を連れて、こっちに来ているみたいなんだ。多分、良里君はそれを止めに行ったんだと思う」

 場を静寂が支配する。祭に至っては、過去の名納の行いやそれを徹に知られる恐怖から顔を真っ青にしていた。


「端堤さん、何があったのか教えてもらえますか?」

 徹がゆっくりと口を開く。そこには有無を言わせない迫力があった。


「……てな訳です。信吾君はあなたの事を思って、動いたんだと思いますよ」

 紅葉は祭と名納の関係や児童館で起きた事を手短に話す。

 誰も口を開けなくなっていた。静寂が場を支配する中、徹が夏空精肉店に向かって深々と頭を下げる。


「当社のグループ関係者が多大なるご迷惑お掛けした様で、申し訳御座いません。謝罪は後日正式に行わせてもらいます……誰かいるか?」

 徹は日本有数のVIPである。プライベートでもSPがつかず離れずついている。


「はい、ここに……徹様いかがいたしましょう?」

 近くで買い食いをしていた浴衣姿の男性が、徹の側に寄ってきた。


「会長と法務部に連絡を……それと名納社長をここに連れて来て下さい……誰か同行をお願いします」

 直ぐに数名の男性が徹を取り囲む。全員ががっちりとした体格で、動きにも隙がない。


「ちょっと、徹どういう事?危ない事をしたら嫌だよ」

 祭が徹にすがりつく。誰の目から見ても、祭の恋心は明らかであった。それだけに徹は一瞬悲しげな顔になる。

 でも、直ぐに表情を切り替えた。その顔には誰も近づかせない険しさがあった。


「大丈夫ですよ。この人達は頼りになるので……それに信吾にばっかり恰好をつけさせちゃ、ムカつくからな」

 そう言って寂しそうに笑う徹。名納への憎しみは、マーチャントグループへの憎しみと同じである。名納にヘイトが溜まる程、徹はここで孤立していくのだ。


「夏空さん、心配しないで僕も一緒に行くから……本当、信吾君にも困ったもんだね。普段は臆病な癖に、変な時だけ行動力があるんだから」

 そんな徹に近づいてきたのは、もう一人の親竜也だった。


「肝心の料理が絡んだ時を忘れているぞ……良いのか、竜也?」

 アイドルである竜也にとって、スキャンダルを何があっても避けたい物だ。信吾の所に行くという事は、喧嘩スキャンダルに巻き込まれに行くのと同じである。


「徹も信吾君も、僕の大事な友達だよ……それにこんな経験滅多に出来ないし」

 一瞬だけ俳優ユウの顔になる竜也。


「臨時ランチ会決定だな。端堤さん、場所の目星はついていますか?場所が特定出来次第、封鎖させろ」

 探の案内で徹達は闇夜に消えて行った。

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