僕に出来る事

 今回の僕の役割は、トウモロコシを茹でる事。今時期は毎日やっている事だから、別に構わない……構わないけど。


「徹、これ必要?」

 僕が嶽キミを茹でる場所はテントの中。そこに置かれたコンロで茹でる。

テントには大きなポップが張られていて、こう書かれていたのだ。


『洋食屋ヨシザト名物嶽キミ 本場青森でトウモロコシ農家から茹で方を習ってきました』

 全部本当だし、過剰宣伝でもない……でもね、どう見てもプロが作ったポップで、凄い目立ちます。


「当たり前だろ。原価を考ええると、他の食い物より割高になる。お前は調理経験のないバイト学生が茹でた高いトウモロコシを買いたいと思うか?ヨシザトのトウモロコシは隠れた名物になっていて、スマホで検索すれば出てくる。こうすれば、安心して買ってもらえるんだよ」

 確かにそうだけどさ。恥ずかしいんだって……きちんと爺ちゃんに話を通しているから、断り辛いし。


「徹は売り子をするんだろ?そっちの経験はあるの?」

 ビジネスの才はあるけど、現場の経験はあるんだろうか?あっても中学の文化祭で、売り子をした位だと思う。ここは接客の先輩がアドバイスをしてやろう。

 徹は超がつくお坊ちゃまだ。屋台に行った事もないと思うし。


「グループのイベントで仕入れから販売までやった事はあるけど、あれは下駄を履かせてもらった状態だからな。今日は良い勉強になると思う」

 あるんだ。しかも、仕入れも経験済みなんだ。僕より格上じゃん。


「まあ、夏空さんの補助がメインだろうし……徹、話に夢中にならないでよ」

 話と書いて夏空さんと読みます。秋吉さんの話だと、夏空さんも楽しみにしているとの事。


「お前もな。結城さんだっけ。あの人も手伝ってくれるから、秋吉さんはお前の補助だってさ」

 僕や徹はバイト代をもらわない。その浮いた予算で優紀さんにお願いしたらしい……夏空さんのおじさん、ありがとうございます!


「うん、これで茹でに専念出来るよ。コンロは二つあるし、なんとか回していけるな」

 一人で包装もしていく予定だったから、かなり嬉しい。


「お前の場合は逆だな。ちゃんと秋吉さんとコミュニケーションを取りながらやれよ」

 徹、僕がそんなに器用だと思うのか?でも、将来的に厨房全体を管理しなきゃいけない訳だし……言葉が荒くならない様に気を付けよう。


 杞憂って、言葉がぴったりだ。忙し過ぎて喋る余裕がありません。


「秋吉さん、お願い」

 僕が茹でて、バットに並べていく。


「うん、任せて」

粗熱が取れたら、秋吉さんがビニール袋に入れて縛る。

 そして……。


「吉里、もらっていくよ」

 それを秋吉さんが、運んでいく……嶽キミは文字通り飛ぶ様に売れていた。

 主な理由は三つ。

 理由その一、有難い事にうちの常連さんが買いに来てくれたのだ。それを見た他のお客さんも興味を持ってくれた。

 理由その二、夏空さんと結城さんが人目を集めている。二人共、美少女だから、注目を集めているのだ。

 そして一番の理由は……。


「そっちがさっき茹でてたやつだから。それと徹に伝えてもらえる?少しペースを落とせって」

 徹の接客や呼び込みが、上手すぎるのだ。夏空さん達を見た人に巧みに声を掛け、トウモロコシや唐揚げを売り込む。お釣りも秒で出して、お客さんを待たせない様にしている。

 ビジネス全般に才能があり過ぎだっての。


「分かったよ。徹から伝言『流れからして、この後更に客足が伸びる。今のうちに茹でておけ』だって」

 夏空さんは、そう言うと売り場に戻っていった。

 ビジネスマンの本領発揮ですか。あんなに忙しそうなのに、人の流れも把握出来るのか。


「なんか夏空さん嬉しそうだね」

 アルバイトしている時より、生き生きしている。まあ、今の時点で黒字確定だし当たり前か。


「庄仁君と一緒にいられるからだよ。庄仁君を横目で嬉しそうに見ていたし……二人でお店を切り盛りしている未来を妄想しているんじゃないかな?」

 言われてれ見てみると、二人共楽しそうだ。

 徹が肉屋を継ぐ未来か……夏空さん、それは叶わぬ夢だよ……でも、今だけは笑顔でいさせてあげたい。


「凄いね。僕は鍋しか見てないもんな……もっと全体を見れる様にしなきゃ」

 調理以外にも意識を向けなきゃ。


「だって、私も一緒だから……な、何でもない。今のは忘れて!」

 一緒……織田君が来るか気にしているんだろうか?

(お祭り好きそうだから、来てもおかしくないんだよね)

 何より、ここは織田君の地元だ。もし、女の子と一緒に来たら、僕は秋吉さんになんて言えば良いんだろう?


 我ながら単純だなって思う。将来秋吉さんと一緒に働けたらって妄想したら、物凄く充実してきた。

 爺ちゃんと婆ちゃん、父さんと母さんは阿吽の呼吸で動いている。そう考えると、無言の時間さえも輝いてくるのだ。


「嶽キミ残り少しだ。秋吉さん、頑張ろう」

 物が物だけに追加発注は難しい。嶽キミが売れれば、僕達は一休みして他の所を手伝いにいく。


「凄いね。これなら全部売れそうだよ……信吾君、終わったらお祭り一緒に回ろ?」

 徹達は徹達で動くと思う。つまり二人で……やる気がさらに増してきました。


 無事、売り切って一息つく。

(着信……探からだ)

 仕事中は電源を切っていたので、気付かなかった。


「探、どうしたの?」

 着信は何度も入っていて、何か用事があったんだと思う。


「良かった……やっと繋がった。名納達がそっちに向かっているみたいなんだ。もしかしたらだけど、気を付けて」

 普通に祭に来ると思うんだけど、警戒しておこう。

(恋路から留守電?……ふざけんな!)


『夏空祭は名納さんが目を付けていた女だ。お前の不細工なダチが隣にいて良いと思ってるのか?今度こそ滅茶苦茶してやるから覚悟しろ』

 名納がバックにいるから気が大きくなっているらしく、恋路はかなりいきっていた。

 もし名納が来れば徹の正体がばれてしまう……僕がしんゆうを……二人を守るんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る