調理人なら

 今日は夏空さんがお休みなので、秋吉さんと二人で戻っている。送って行く途中、商店街で夏祭りをやっていた。


「この時期になると、色んな所で夏祭りや盆踊りをやるよね。少し寄って行こう」

 もちろん、断わる訳がない。秋吉さんと二人でお祭りなんて夢の様だ。


「喜んで……うん、賑わっているね。今年の流行りはなんだろ?」

 お祭りで大事なのは、流行りを取り入れる事。去年はヤンニョム風の唐揚げが良く売れました。

 射的に輪投げ、かき氷に綿あめ。夏祭りは歩くだけで、楽しくなってくる……食べ物系は原価を逆算して、買うのを躊躇するけど。


「信吾君はお祭り好き?」

 難しい質問だ。普通ならお祭りに行くのが好きかどうかって言う事なんだけど。


「僕の場合は、手伝いのイメージが強いから。青森から帰って来ても、行ける時間帯は店の手伝いをしている事が多いし」

 うちの店だけじゃなく知り合いの店や、仕入れ先の手伝いに行っていた。


「慎吾君、良く働くから重宝されてそう。このお祭りにも、知っている人がいたりして」

 普通は同じ中学の人が、いるかもなんだろうけどね。


「……うん、いるよ。ニヤニヤしながら見ている人もいるし」

 分るよ。僕が女の子と一緒にいるなんて、珍しいし。


「あら、信ちゃんじゃない……隣にいるのは、お友達?」

「おっ、信吾もそういう年か。頑張れよ」

「君はヨシザトさんの信吾君だよね……青春って感じじゃないか」

 結果、二人で歩いていたけど、ずっと声を掛けられていました。折角のお祭りデート?なのに雰囲気台無しです。


「信吾君、人気者だね」

 人気者……なんだろうか?


「皆、からかっているだけだよ……そう言えば夏空さんの所でやるお祭りも、もう少しだね」

 当日は僕と徹も手伝いに行く。竜也は来れれば顔を出すって言っていた。


「うん、トウモロコシも確保出来たし、祭張り切っていたよ」

 天下のマーチャントグループのお陰です。徹は地域協力事業って形にして、きちんと仕事にしたらしい……いくら経営陣とはいえ、横流しは御法度との事。


「僕も出来る事を頑張るよ」

 下拵えとかなら、手伝っても問題ない筈。僕が作ると、どうやってもヨシザトの味になってしまう。あまり、出しゃばらない方が良いと思う。

 それにお祭りが始まったら、ずっと嶽キミを茹でていると思う。徹には、アシスタントを頼む予定だ。


「よろしくね。本当にアルバイト代なしで良いの?」

 徹と僕はお手伝い枠で参加させてもらう。徹の正体をバレない為である。


「うん、労働時間の関係でちょっとね。今でもギリギリなんだよ」

 朝の仕込みや仕入れの手伝いはカウントしていないけど、長期休みは朝から厨房に立っている。


「児童館の時も楽しかったよね。遊ぶ側も楽しいけど、お祭りって参加するのも楽しいんだね」

 それは分かる。直にお客様の笑顔が見れるし、お祭りを盛り上げたって気分になるのだ。


「そう言えばスリーハーツのコンサート、もう少しでチケット予約開始だね」

 人気が凄すぎてプラチナチケットになっているそうだ。予約しようかな?って言ったら『恥ずかしいから、来ないで』って竜也に言われた。僕や徹を見ると、素の自分が出そうになるらしい。


「陽菜は絶対に行くんだって息巻いていたよ。東京公演で、ユウが自分で作詞した歌を披露するから、絶対に行くって」

 ……そりゃ、来て欲しくないか。友達の前で自作ポエムを披露する様なもんだし。


「作詞もするんだ。どんな歌なんだろ?」

 今度、ライソで聞いてみよう。


「陽菜の話だと仲間への感謝の歌らしいよ。スリーハーツ、仲が良いから」

 うん、こっそりコンサートに行ってみよう。アイドルの友達りゅうやを、ちゃんと見てみたい。


 お祭りは、当日より準備の方が大変だと思う。当日も忙しいけど、気付くと終わっている感じがする。


「吉里君、折角の休みに悪いね」

 お祭り前日、僕は夏空さんの家に仕込みの手伝いに来ていた。僕は夏空さんの

お父さんの手伝い。肉の切り分けが、主な作業だ。

 


「いえ、プロの仕事を間近で見れて勉強になるので嬉しいですよ」

 流石は本業。解体の手際が良い。うちでは主に使うのは、部取りしたお肉。だから鳥を一羽解体する機会は滅多にない。


「本当に料理が好きなんだね……ところで実ちゃんとの関係は、どうなんだい?」

 からかう様な表情で、僕を見てくる夏空パパ……どう、答えれば良いんだろう?


「どうと言われましても……仲の良い友達ですよ」

 知り合って約四か月。遊び行ける様になったのは、奇跡だと思う。でも、この先はどうすれば良いんだろうか?

 もし、秋吉さんに好きな人がいたら、僕の存在は不快でしかないと思う。


「祭の話を聞く限りじゃ、君は実ちゃんの事を好きだと思ったんだけどな」

 おじさん、核心をつき過ぎです。今は出会った時より、もっと秋吉さんの事を好きになった……だから、答えを出して今の関係が壊れるのが怖い。


「僕と秋吉さんじゃ、釣り合いがとれませんよ」

 秋吉さんと釣り合うのは、織田君みたいなイケメンで運動神経が良い人だと思う。


「おいおい、君は料理人だろ?自信がないなら、自分を調理えれば良いんだ。鳥の胸肉やモツがモモ肉に。牛の赤身やすね肉にサーロインに劣っていると思うかい?」

夏空おじさんは、そう言うと胸肉を持ち上げた。確かに値段は違うし、一般的にはモモ肉やサーロインの方が人気も高い。


「そんな事ないです!皆、それぞれ美味しい部位ですよ。うちでも鳥胸を使ったソテーやチキン南蛮が人気ですし」

 爺ちゃんも素材に優劣はない。料理人がどうやって魅力を引き出すかが大事なんだって言っている。


「良い事言うじゃないか。自信がないならば、付く様に頑張れば良い。今の君は、お客さんの好みも聞かずに、調理を諦めているのと一緒だ。他人の良い所を見つけるのは、良い事だけど、それで自分を卑下しちゃいけないよ」

 僕の良い所……秋吉さんと釣り合う様に、頑張らなきゃいけない事か。

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