いつかは?

 恋人になるには、どうしたら良いんだろうか?

 お互いが想い合っているのは、前提条件だと思う。そしてデートやキスをして、仲を深めて恋人になる。

 でも、その理論でいけば何人ともデートをしている織田君は、ハーレムを築いてる事になる訳で。でも、彼はまだ誰とも付き合っていないらしい。

(デートだけでいえば、僕と秋吉さんもか)

 うん、分かっている。この理論は成り立たない……お互いがって所がネックだ。僕が勝手に想っているだけなんだし。

 正直、全く分かりません。

 今日は恋人同士の探と照山さん、付き合う一歩手前の徹と夏空さんがいる。

 何かヒントを掴めると思う。


「さて、どこから見て回ろうか?優紀ちゃんは見たい動物いますか?」

 探が照山さん越しに、優紀さんへ声を掛ける。上手いなと思う。これなら優紀さんも緊張しないで応えられるし、照山さんも悪い気がしないだろう。


「えーっと、キリンが見たいです」

 緊張気味に答える優紀さん。一緒にいるのは全員年上なんだから、緊張するなって方が無理だ。


「キリンはあっちの方だな。途中に祭が見たいって言っていた狸がいるぞ……織田さん、狸も見て行って良いかな?」

 徹がパンフレットも見ずに話し掛ける……まさか、動物園のマップを把握しているのか?

 優紀さんを一番にしながら、夏空さんの要望も叶える……流石は現役ビジネスマン。現場でデートプランを変更しているんだ。


「はい、狸も見てみたいです」

 優紀さんにしてみれば、そうとしか答え様がないと思う。

 初手から僕だけ空気になっている感じがする。

良く考えてみれば、探と徹は見た目以外、かなりハイスペックな男子だ。徹は成績優秀な上に、実家は日本有数のお金持ち。しかも自分で利益を上げている現役ビジネスマンだ。

 探は小さい頃から格闘技を習っているから、腕っぷしが強い。しかも、探偵の家に生まれた所為か、いつも落ち着いている。

 そして二人共、良い奴だ。


「とりあえずゆっくり見て回ろう。徹、先頭をお願い」

 方針転換します。恋人になれる条件なんて夢見がちな事は考えず、今回の動物園デート?を成功させる事を第一に考えよう。

 その為には優紀さんが楽しむ事が一番だと思う。


 ……うん、二人共凄いや。徹は優紀さんの歩く速度を考えてゆっくり案内しているし、探は女性陣をさりげなくガードしている。


「狸だっ!本物も誰かさんそっくり」

 夏空さんが意味ありげな目で徹を見ながら笑う。確かに徹は狸顔だ……だから夏空さんは、狸を見たかったんだろうか?


「うっせ。狸は外国で人気なんだぞ」

 そして徹は自然な受け答えで豆知識を披露。うんちくの様な押しつけがましさもない。


「本当なんですか?」

 優紀さんは興味津々の様だ。それ位、徹の話し方は自然だった。


「ええ、ゲームや漫画で知って架空の生物だと思っている人もいるそうですよ。でも、増えすぎて迷惑がられている地域もあるって聞きます」

狸だけで、社会問題?まで会話を広げてくるとは……僕の知っている狸の豆知識は。

(狸か……狸汁って本当は狸じゃなく穴熊に肉を使っているんですよ)

駄目だ……動物園で言ったら、絶対にひんしゅくを買う。

せめて邪魔にならない様大人しくしていよう。


「キリンだっ!やっぱり大きいな」

 お目当てのキリンを見て優紀さんは嬉しそうだ。いつも僕達に合わせて大人ぶっているけど、あれが素なんだと思う。

『優紀ちゃん、何年か前におじさんとおばさんと一緒に動物園に行った事があったの。よっぽど嬉しかったのか、何度も私にその話をしてくれたんだ』

 秋吉さんが小声で僕に教えくれた。優紀さんを見る目は、本当のお姉さんの様に優しい。

 僕はお邪魔虫になっていないか不安になってくる。友達のラインを超えるのって、かなり難しいと思う。

 友達は何人いても良いけど、恋人が沢山いたらひんしゅくで済まないし。


「それでキリンを見たかったんだね。嬉しそうで安心したよ」

 暗くなりそうな顔を笑顔で隠して応じる。うん、今日は気の良いお兄さんポジションを貫こう。


 象、パンダ、白熊色々見て回った。徹の案内、探のガードがあってゆっくり楽しむ事が出来たと思う。

 二人共、大活躍だ。でも、ここからは僕の出番です。


「それじゃお昼ご飯にしよう。優紀さん、開けてみて」

 大きめのバスケットを取り出す。冷蔵機能付きのコインロッカーがあって良かった。

 

「良いんですか?……これってバケットサンドですよね?種類も沢山ある!こっちはスパサラだ」

 サンドイッチよりバケットの方が大人っぽくてお洒落……我ながら安直な発想だと思う。

 今回はハムチーズ・タマゴ・ツナマヨ・エビのカクテル・白身フライにタルタル・BLT・鳥の照り焼き・キュウリ・フルーツ・アンバター・ナポリタンサンド。


「こっちの何も挟んでないバケットは何なんだ?」

 徹君、良い質問です。こういうのって、自分で説明するの恥ずかしいんだよね。


「ここにアボガドのディップやトマトのカクテルがあるから乗せて」

 挟んだらバケットが湿ってしまう物は、乗せたり塗ったりする形式にしました。

 他にはコンビーフ・ママレード・ピーナッツバター・タラモソース。全部、お手製です。


「おかずはスパサラの他に鳥のフライや卵焼きにウインナーか。信吾、さらに料理上手くなったね」

 探は前に僕の料理を食べた事がある。経験もあるけど、自信を持てる様になったのが大きいと思う。


「紅葉、お勧めは卵サンドだよ。まあ、全部美味しんだけどね」

 何だかんだ言って秋吉さんが喜んでくれるのが一番嬉しい。


「いや、あんた手伝ってすらないのに。なんでドヤ顔しているの?さぐさぐ、これ美味しいよ」

 照山さんが秋吉さんと探に見せる顔は別物で……秋吉さんが僕と別の人……僕と織田君に見せる顔は違うんだろうか?


「信吾さん、凄く美味しいです。でも、何でここまでしてくれるんですか?」

 優紀さんが不思議そうな顔で聞いてきた。なんでか……下心がない訳じゃない。


「僕は料理人だから。自分の料理で喜んでもらいたいんだ。まだまだプロって言えないけど、料理にだけは自信がある。美味しいって食べてもらえると、元気ややる気が出てくるんだ」

 最初は家に帰る為に覚えた料理。恋路や武田さんには良い様に利用されてへこんだ事もあった。

 でも、僕は料理が好きだ。口も下手だし、気が利く訳じゃない。そんな僕が胸を張れるのは料理なんだ。


 動物園は楽しめた……楽しみたけど、恋人になるヒントは見つかりませんでした。


「楽しかったね。優紀ちゃんも紅葉も楽しそうだったし……祭なんて、あんた誰だよって顔で庄仁君と話していたし」

 秋吉さんの言う通り、夏空さんは凄く素敵な顔をしていた。

照山さんが探に見せた顔、夏空さんが徹に見せた顔……徹も探もお世辞にもイケメンとは言えない。個別に見たら夏空さん達と釣り合わないって言われるだろう。

でも、二人とも自信を持って向き合っていた。一緒にいるのが自然で素敵な関係。

(料理なら自信はあるんだけど、まだ駄目だな)

 秋吉さんを好きな気持ちなら誰にも負けないと思う。でも、僕は秋吉さんに釣り合う自信がない。

 いつか自信を持てたら胸を張って秋吉さんに好きだと伝えられるんだろうか?


「そうだね。機会があれば、ふた……竜也や桃瀬さんを呼んでランチ会を開きたいね」

 告白の自信はまだまだありません。だって二人で会おうって言葉も言えなかったし。

(付き合ってからが大事か……気持ちを伝えるだけじゃ駄目なんだ)

 好きって言うのは簡単だ。すときを繋げれば良いだけなんだし。言って振られたら、すっきりすると思う。

 でも、それは秋吉さんにとって有難迷惑な話で……自分の気持ちだけじゃなく、色んな事に自信を持てる様に頑張ろう。

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